第22話
「……………い、意味がわからない。ミアのパパはパパだけだよ…ねぇ、パパ?」
ミアはそう言いながら自分の父親であるはずの村長の方を見る。
村長はミアと目が合うと気まずそうに目を離し、それがジルベールの話が事実であることを認めているようなものだった。
村長は少しの間目を逸らしていたかと思うと、堪えていた何かが表に出てきたのか、ギリッと歯を食いしばりながら顔を上げる。
顔を上げた村長の表情は穏やかなものではなく、ミアに対して憎しみすら感じられるほどだった。
「………愛する妻が弄ばれて、その結果できたお前を娘だと思ったことは一度もない」
「そんな、はず…ない…………ママは?ママは私のことどう思ってるの?」
父親がジルベールであったとしても母親は今までとは変わりないのだ。
そんな母親ならとミアは縋りつく。だが、今までの母親の言動からしてミアの望む反応をするとは考えづらかった。
「………憎い男との間に成した子を痛い思いをして産む。女にとってこれほど屈辱的なことはない」
「………ママ?」
「あんたを育ててる時、ずっと殺したくて殺したくてしかたがなかった。でも殺すわけにはいかない。だから、あんたがいつかモルモットになり惨めな死に方をする、そう自分に言い聞かせて無理やり作った笑顔で育ててきたのよ!」
「………嘘だよね?」
「さっきから嘘だ嘘だ嘘だうるさい!いい加減に現実を見なさい!これまで演技だったとはいえ、あんたを娘として育ててきたのよ!もう満足したでしょ!?そろそろ私達を解放しない!」
「……………ぅ、そ」
「あぁ〜かわいそうに。本当にかわいそう。実の母親に見捨てられるとは悲劇。だが、安心していいぞ。お父さんはミアを見捨てないぞ」
膝から崩れ落ち目から大粒の涙をボロボロと溢すミアに対し、ジルベールはニヤニヤと笑いながら肩に手を置く。
その手をすぐに払いのけたいミアだったが、ミアにはその覇気すらなかった。
「生き別れの娘との再会というのは心躍るな。見た目は獣人寄りの耳があるが、尻尾はないのか。ふふ、楽しみだな。ここまで育つのを待って、ようやく念願の獣人と人間のハーフが手に入った。ミア、君しかいないんだ。また長い年月を待つのは流石に辛いから、やりたいことやり終えるまで耐えてくれよな。
…そういえば帝都治安部隊に渡した首輪が着けらてるな。付加魔法は解除されてるがリックがやったのか?これにかかっていた付加魔法は獣人特化で、人間には効果は薄い。着けられた時どの程度効果あったか教えてほしいな」
「…………………」
「………まぁいい。戻ったらそのぐらい好きなだけ試せる」
「……………ぃやだ」
「うん?」
「お前のモルモットになるなんて絶対に嫌だ!」
ずっと床に目を向けていたミアが顔を上げ、強い口調で啖呵を切る。
だが、その表情は怯えており、目からは涙が止まらずにいた。
ジルベールはそんなミアをきょとんと見つめた後に面倒くさそうに舌打ちをしてから手加減することなくその頬に拳を叩き込んだ。
ミアは殴られた衝撃でその場に倒れ込むと、立ち上がったジルベールに踏み付けられる。
「勘違いするなよ、ガキが。お前はそもそも俺の実験用に産まれてきたんだよ!それしか存在価値のないくせに拒否権があると思ってるのか!?お前が今まで偽りの家族愛の元でヌクヌクと育てられてきたのは全ては今この時のため!お前の人生全て俺のためにあるんだよ!」
「ぃ、やだ………ぃゃだ」
「嫌だじゃねぇ!パパのいうことをききなさい!」
「やだやだ………絶対にやだ」
「チッ、結局は首輪を使わなきゃいかんのか。すでに一個ついてるし付けるスペースあるか?」
ジルベールがミアに首輪を付けるため髪を引っ張りミアの顔を持ち上げると同時に、ジルベールの背後から何かが軋むような音がする。
ぐったりと顔を持ち上げられた状態のミアと振り返ったジルベールが音がした方向を見ると、開かれた扉と仁王立ちするリックの姿があった。
ジルベールが音の正体がリックが扉を開けた音だと認識するとニヤリとしてから、掴んでいたミアの髪を放す。
ミアは重力に従い地面に頭を打ち付けるが、それを痛がる余裕は今のミアにはない。
無表情で佇むリックと嬉しそうなジルベールに自分を助けに来たという確信が持てずにいるのだ。
「ここに来た、ということは提案を受け入れたということだろ」
ジルベールが歓迎するように両手を広げると、リックは無表情のままゆっくりとジルベールに向けて歩き出す。
「人間と獣人のハーフは変えがきかない。君が味方についてくれて非常に心強いよ。俺の力が及ぶ範囲内でならなんでも叶えてやる。
帝都治安部隊と敵対したことも俺が口添えし………」
楽しそうに話すジルベールは自分の腹に襲った激痛で、その口を閉ざす。
ジルベールが視線を下に向けると剣と思わしき物が腹を貫いていた。
あまりにも自然に振るわれた剣にその場にいた誰もがしばらく何が起きたか理解できず、最初に我に返った村長の怒声が部屋に響き渡る。
「キッ、貴様!ジルベール殿に何てことを!あのバカ執事はどこで何をしてるんだ!?」
リックはそんな村長を無視し、ジルベールの腹を貫いていた剣を引き抜くと、ドバドバと血が溢れ出てくる。
ジルベールは大量に噴出する自分の血を見ながらフッと笑った。
「………そうか…そっちを選んだか。だが、お前の選択は間違っている。俺の研究が進めば、人間と獣人の差が明確化する。それは、今の女神様の教えである、獣人は悪しき存在、という考えを否定することになるかもしれない。獣人と人間の共存を願うならむしろ俺に協力すべきだ。
今この瞬間、その未来が閉ざされたのだよ」
「………一応、言っとくが俺は獣人を選んだんじゃない。ミアを選んだんだ」
「あぁ、なるほど。ハハハ…それはそれは、お先真っ暗だな」
ジルベールはそう言い残すと自分の血溜まりに突っ込むように倒れ落ち、血に沈むジルベールの意識はそこで途切れた。




