第20話
「村を裏切る?それはこちらのセリフだ。貴様らは俺達をずっと騙していたのか?」
リックには背中しか見えず、門番がどのような顔をしているかはわからないが、その声は落ち着きながらも怒りが込められていた。
「裏切る?この村は最初からそういう村だ」
「屁理屈を言うな、執事。俺たち民の信頼を裏切り、何より人間の下という立ち位置を受け入れることは獣人に対する裏切りだ」
「それこそ屁理屈だろ。獣人に対する裏切り?信頼への裏切り?バカか?そんな形のない訳のわからないものに拘っても平和は来ない。
貴様が今までノウノウと生きてこれたのは村長や我々が人間とうまく付き合ってきたからだということを忘れるな」
「………その平和のために礎になった者達にも同じことが言えるのか?」
「言える。より多数を優先するのは当然のことだろ」
「それは選ぶ側の理論だ。選ばれる側の身にもなれ」
「獣人として産まれた以上は綺麗事だけでは生きていけない。この村で育って平和ボケしてるのか?」
「………確かに。考えようによっては貴様らの考えも正しい。だが、俺は自分が間違っているとは思わない」
「そうだ。お互いがお互いの考えを正しいとわかっている。だから、現実的に益がある方を選択すべきなのだ」
「いや…どっちが正しいかわからないから俺は感情に従い行動する。
獣人の誇りという形のないわけのわからないものによると貴様らは獣人の面汚しだ。そして、この村の仕組みは狂ってる。反抗心を失くした奴隷に未来はない。俺は獣人の未来の為にお前らに抗う。手始めにミア様を帝都…そして貴様らの手から解放する」
「………それは宣戦布告と受け取るぞ」
その言葉に答えるよう門番は剣を引き抜く。
人間嫌いの門番だけでなく他の門番も同じ考えなのか、後に続くように鞘から剣を抜いた。
「おい、人間」
この場にいる唯一の人間であるリックは驚き、返事をすることができなかった。
門番は返事をしないリックに振り返ることもなく、腰にぶら下げていた一本の剣を後ろにいるリックの方に放り投げる。
「それ持ってけ」
リックは呆然と自分の足元に落ちた剣を見つめた。
自分のことを嫌っていたはずの門番に守られ、武器を与えられる。この状況が理解できずにいた。
「………人間のこと嫌いだったんじゃないのか?」
「嫌いだし信用してない。信用してないから屋敷に隠れてお前のことを見張っていた。そしたら、そこの執事の話を聞いてしまってな」
「それはわかる。だからといって俺の味方する理由にはならないのでは?」
「これ以上人間のために我々から犠牲を出したくない。だからミア様を助けたい、そう思っただけだ」
「俺を見捨てて自分達で助けに行けただろ?」
「……………人間を頼るのは屈辱だが…ミア様を助けるべきなのはお前だ」
「………」
「ここは俺に任せて早く行け」
「………………すまない」
「それは感謝か?それとも謝罪か?どっちにしろその言葉は不要だ。俺は俺のために行動しているからな」
リックは見ていないとわかりつつも門番の背中に向けて頭を下げた。
そして、足元に落ちていた剣を拾ってから門番達を置いてその場を後にする。
門番は走り去るリックの足音が遠ざかるのを聞きながら、目の前で佇む執事への警戒を怠らずにいた。
相対する執事は離れていくリックと道を塞ぐ門番達を憤怒の表情で睨みつけている。
「悪いな。俺を止めるために一緒にいたのにこんなことに付き合わせて」
人間嫌いの門番は隣で同じように執事と敵対している同僚にそう声をかける。
もともと人間嫌いの門番がリックのことを見張ると言い出した時、同僚はそれを止めるよう説得していた。
だが、いくら説得しても人間嫌いの門番は聞く耳をもたず、いざという時に無理にでも抑えるために同僚達は一緒にリックを見張ることにしたのだ。
「むしろ良かったよ。お前に付き合わなかったら俺はこの事実を知らないままこれからも暮らしていくことになっていただろうからな」
「………ありがとう」
3人の門番はそう言うと笑い合い、その様子を眺めていた執事は汚らわしいものを見るかのように目を細めていた。
「………さっきからカッコつけた茶番を見させられるこっちの身にもなってほしいな」
「そう言う割にはずいぶんと大人しい。人間がミア様の元に行くのも黙って見逃すとは意外だった」
「こう見えても結構ムカついていてね…焦って負けないために万全を期してゆっくりと君達を皆殺しにしてやろうと思っただけだ」
「そのせいで村長を危険に晒すことになってるが?」
「さっきと言ってること真逆だが…主の命に背いてでも、あんたらを確実に殺してやりたい。そう感情的に思っているんだよ」
「………万全を期してるからと言って、武装した3人相手に勝てると思ってるのか?」
「3人いると言っても所詮は門番。ちょっと辛いが、負ける道理は…ない!」
その言葉を合図に執事は3人の門番に向けて走り出し、門番達は執事を迎え討つために身構えた。




