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第2話

帝国の片田舎にある農家の息子、それがリック・べリューが産まれた時の肩書きだ。

貧乏な村で贅沢なんかできない生まれ故郷だったが、村人は皆助けあって生活をしており、リックは幼い頃からそんな故郷の人々の優しさに触れながら健やかに成長していた。

そのため、リックは村人と村での暮らしが決して良い暮らしと言えずとも好きであった。


だからこそリックは納得いかないのだ。村人は優しく穏やかな人々ばかり。

病気を患い働くことができない村人にも手を差し伸べた。

飢えて盗みを働いた子供にも手を差し伸べた。

余裕がない自分達の生活を取り崩して手を差し伸べた。

だが、獣人には手を差し伸べなかった。


村人達が助け合えば合うほど、村で奴隷のような扱いを受けている獣人にしわ寄せが来る。

そのことを村人は何も疑問にも思わずに生活していた。

近隣の村では獣人のことを差し置いて、この村のことを美談として語り継ぐ。

そんな周囲の人々をリックは奇妙で気持ち悪いものを感じていた。


もちろんリックはこの村のことは大好きだ。だからこそ、紛れ込んだ唯一の汚点が気になって仕方がない。

獣人と話せばなにかわかるかと考えるが、リックが獣人に近付こうとすれば必ず村人に近付くなと制されてしまう。


リックはこの村で過ごす年月が長くなればなるほど、村人の歪みに悩まされてきた。

心優しい村人と、訳もなく獣人を忌む村人。どちらが正しいのかわからず、それが当然のように併存しているのが奇妙としかリックは思えなかったのだ。


そういう物だと割り切ろうにも、人と外見の違いが殆どない獣人を嫌悪することがリックにはできなかった。

別にリックが真の善人だとかそういうわけではない。

リックは目の前で人間だろうが獣人だろうがいかなる存在が死にかけていたとしても、その身を犠牲にしてまで助けることなどあり得ないと言い切れる男だ。

ただ、理由もないのに獣人を心の底から嫌悪することなど到底できないし、理解もできなかった。


同年代に同じ悩みを持つ者がいないかと捜したこともある。

自分と同じように育った中になら同じ悩みを抱えてる者がいるはずだと聞いて回ったが、結果は芳しくなかった。

皆一様に笑いながら道を歩く獣人に石を投げつけるようになっていたのだ。

思い切って理由を尋ねれば口を揃えて「あいつらが獣人だから」と言った。


恐ろしい。そんな曖昧な理由を至極当然のように振りかざして石を投げつける者達が恐ろしい。

そしてリックは気付いてしまった。村の大人達も同じような曖昧な理由で獣人を奴隷扱いしているのだと。


それに気付いた瞬間リックは村での生活を純粋に楽しめなくなった。

どうしても、歪で奇妙な生活に思えてしまうのだ。


こいつらは狂っている。一度でもそう考えると、どれだけ頭から振り払おうとしても媚びれ付くように頭から離れない。

もうリックには純粋に村での生活を楽しむことはできなくなってしまった。


そんな時だった、リックに魔法の才能があることが判明したのは。

魔法は人間のみが使える才能だ。原理は一切わからないが、発動すると人智を超えた現象を引き起こせる。

攻撃に使えれば、生活や加工などにも使える便利な力だ。


だが、全ての人間に行使できるわけではない。

使えるのは100人に1人程、珍しいが割とそこら辺にいるというレベルだ。


そんな魔法だが、帝国では貴重な物として重宝している。

未知の力であるとはいえ、使いこなせば戦力になったり、生活を豊かにしたりと色々と便利なのだ。


そのため、帝国は魔法を使える人物を集め、教育する学校を創立した。

この学校に入学する条件は魔法が使えることのみだ。


魔法の才能があることがわかったリックはもちろんこの条件を満たしている。

地方から入学した人物には家族に補助金が出たり、卒業者は高給な仕事に就けることがほぼ確定していることもあり、両親や村の人たちは大喜びであった。


リック自身も魔法学校に通うことは歓迎している。

魔法学校に通うということは帝都に暮らすということだ。


帝都は帝国で最も栄えた都市。帝国では人も情報も最新鋭の物が帝都に集まっている。

ならばリックの疑問の答えも帝都にならばあるかもしれない。


最大の蔵書数を誇る帝都の図書館ならば獣人のことをどこよりも詳細に調べ上げることができるだろう。

多くの人がいる帝都は同時に多くの考えが集まっているとも言える。リックと同じような考えの者もきっといるだろう。


だが、意気揚々と帝都にやって来たリックに待ち受けていたのは獣人に関して村よりも酷い現状だった。

獣人を問答無用で処刑する条例を施行しているため、帝都内に獣人の姿はない。

帝都最大の図書館に出向いて獣人のことを調べても、あるのは獣人を悪く描いたお伽話のような物ばかりだ。

そして、教育の賜物なのか、帝都で生まれ育った者は見た事もない獣人をこの世でもっとも醜い忌むべき存在だと本気で考えていた。


村では獣人の扱いは酷いが、労働力として使役するため、食事や休息、かなり少ないとはいえ報酬も与えている。

奴隷のような扱いとはいえ共存していた。


しかし、帝都ではそれすらない。

そうであるにも関わらず、全く関わりのない獣人を忌むことをさも当然のように人々は生活していた。


帝都は故郷よりも歪だ。狂っている。

そう結論づけるがリック自身もある事には気付いていた。

周囲からしたらリックが出した結論こそが狂っているのだと。


獣人を蔑むことが常識の世界でその常識をおかしいと唱えた所ではずれ者と思われるだけだ。

だからリックはこの結論を自分の心の中だけに留めた。

それでも自分が狂っていると判断した集団の中で生活するというのは容易ではない。


そして、リックは逃げるように帝都横の森の中に居を構えた。

魔法学校を卒業するまでの辛抱だ。卒業さえすれば、人と関わらずに生活していく仕事にありつける。

リックは狂った周囲に合わせながら、狂った演技をして学校に通い続けた。

卒業するまで壊れなければ、残りの人生は極力一人で生きていこう。


それがリックの人生設計だった。このもやもやを解消することなく、一人で生きていく決心をしたのだ。


リックの家の前に獣人の少女が倒れていたのは、そんな決心をした矢先だった。









「これが俺が獣人を助けた理由だ」


自らの生い立ちを語るリックに、獣人の少女は最初にあった警戒心を和らげ、真剣に話を聞いていた。

その真剣さは、聞かせるために語っていたリックに少し話しづらさを感じさせる程だ。


「………そんな面白い話でもないだろ」


あまりの真剣さにリックはついそう漏らしてしまう。

対する獣人の少女は、相変わらず真剣な眼差しでリックをまっすぐ見ながら口を開いた。


「ううん、面白かった。私、人間社会の話を聞いたの初めてだから」


そう語る少女は目が覚めた時のおどおどした様子とは正反対だ。

目の前にいる得体の知れない人間の男を脅威でないと見做したのか、それとも興味が勝ったのかわからないがリックにとっては警戒されて受け答えできないよりかは都合がよかった。

同時に、あっさりと警戒心を解く少女に一抹の不安を感じながらも少女に問いかける。


「初めて?今までどこで生きてきたんだ?」


「獣人だけの村があるんだよ。私はそこの生まれ」


「獣人だけの村?そんなの聞いたこと………まぁ、いい。聞きたいことは後でまとめて聞くか。

とりあえず名前を教えてくれ」


「名前?………あっ、私の名前。えっと………ミア、私の名前はミアだよ。まだ、お礼を言ってなかったよね?ありがとう」


「助けたことに対するか?なら、別にいい。話したが俺は自分の疑問を解消するために助けたんだ」


「でも助かったことには変わりないよ」


「………俺が言うのも何だか、助けられたぐらいで人間を信頼するな。獣人ならそれぐらいわかるだ…あ〜、獣人の村で育ったんだっけか?じゃあ、覚えておけ。今後はよっぽどじゃなければ俺を含めて警戒しておいた方がいい」


「でも、ママは人間は悪い人ばかりじゃないから、人間に会ったらまず対話を試みろって。実際にリックみたいな人と対話できてるよ」


「獣人の村ってのは世間知らずばっかなのか?いいか、俺は例外中の例外だ。俺みたいなのが一定数いるとか思うな。だいたいお前の怪我は人間にやられたんじゃないのか?」


「………あ、あの怪我は」


ミアが自分の怪我の事を話そうとすると、それを遮るようにドンドンドンと玄関を外から乱暴にノックされる音が家中に響いた。

ミアはその音にビクリと身体を震わせベッドに身を隠すように潜り込む。


「………どっかに隠れてろ」


リックが声を潜めてそう言うと、ミアは震えながらコクリと頷いた。


この家に来客はない。なら、このタイミングで玄関をノックする者がいるとしたら十中八九ミア絡みだ。

リックが耳をすませば会話の内容まではわからないが、複数人の声が聞こえてくる。


リックは玄関まで向かうとミアが見えない所に隠れた事を確認してから扉を開けた。


「驚いたな。本当に人が住んでいるとは」


扉を開くと見慣れた森の中に騎士の格好をした人物が複数人おり、その一団の先頭にいる騎士が驚いたようにそう言った。

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