第18話
「お前!何をしている、そこを退け!そもそも門番ごときがなぜここにいる!?門を守れ!」
「無礼をお許し下さい、村長。ですが、この情報屋とか言う人間を野放しにするわけにはいきません。せめて、応接室まで監視をつけるべきです」
「………この男は既に1人でこの屋敷を何度も行動している。今回は急だったから貴様ら門番に見られてしまったが、何度も村に入っているのだ」
「何度も村に入っているからといって信用できません!私に監視の任を!」
「くどい。さっきも言ったが貴様の任は門を守ることだ。とっとと門に戻れ」
「ですが!」
「口答えをするな!早く戻れ!」
「………わかりました。ですが、村長…あなたはこの村の長です。くれぐれも道を間違えないで下さい。今のあなたはこの男の顔色を伺っています」
「………とっとと戻れ」
人間嫌いの門番は一度大きく腰を曲げて謝ると、その場で踵を返して部屋から出ていく。
他の門番も少しの間だけ呆然としていたが、すぐに我に帰り、村長に一礼してから後に続いた。
一連のやり取りを何が面白いのかニヤニヤと聞いていた情報屋は、門番が立ち去ったのを確認してから応接室に向かい始める。
情報屋が出て行った後の部屋に残されたのはリックとミアとその両親、そして執事のみだった。
「………お見苦しいところをお見せした」
場に流れた着まずい雰囲気を打破すべく村長が口を開いた。
「いえ、気にしてません」
「それでリック君、だったかな?ミアを助けてくれてありがとう。何があったか詳しく聞きたいが、今は再会を楽しみたい。今日は屋敷の客間に泊めるから明日話を聞かせてくれ」
「………ここに泊まることは構いません。ですが、その前に私の願いを聞いていただけないでしょうか?」
「ミアの恩人だ。私にできることならば何でもしよう」
「私をこの村の住人として迎え入れていただけないでしょうか?」
「なるほど。よろしい、君をこの村の住人と認めよう」
「………………は?」
村長の答えにリックはつい間の抜けた声を出してしまう。
リックは様々な想定問答を頭の中で用意しており、村長を説得するのは簡単なことではないと思っていた。
だが、実際は村長は二つ返事で了承したのだ。
リックにとっては手間が省けて喜ぶべきことだが、それでも釈然としない気持ちは拭いきれずにいた。
「………よろしいのですか?獣人の村に人間を住まわせて?」
「不満かね?」
「いえ!そのようなことは!………しかし、もう少し悩まれるものかと思いまして…」
「………もちろん、私にも邪な考えがないわけではない。
君のような人間を迎え入れることで何かが変わるかもしれない、そう思ったのだ」
「買い被りです。私に何かを変える力など」
「謙遜するな。ミアを救ったその腕前は素晴らしい。それに変えて欲しいの民の心だ。力などいらん」
「………民の心?」
「今のままだと近い将来に獣人は滅ぶ。それは避けられん。
だが、獣人の集団を率いる者としては滅びは避けたいのだ。獣人に残された道は人間との和平のみ。
我々の身体能力がいかに優れていても人間には武力では絶対に勝てない。魔法だけでなく、数や科学力、連携やコンディション。どれも人間より劣っている。
この前、たまたま人間の銃という武器を手にする機会があってな…あれは、恐ろしい。まだ、弓やクロスボウに取って代わることはないだろうが、いずれ…もしかしたら、既に銃は遠距離武器の筆頭へと化ける。そうなったら我々は人間との戦闘で蹂躙されるのみだ」
「村長…あなたの言うことはごもっともです。ですが、その状況を私は覆せません」
「わかっている。だが、君という存在を招くことで民の心に変化が現れるかもしれない。
圧倒的弱者である我々が取るべき行動は人間との交渉。だが、話し合うには人間と獣人の間にある軋轢は深すぎるのだ。
そこで、君という存在が民の人間に対する悪感情を少しでも払拭してくれればよいと考えている。なんなら、君が人間社会に戻った際に人間の獣人に対する偏見を少しでも軽減する何かをしてくれるかもしれない。
もちろん、これはダメ元の話だ。たった1人の人間が種族間の壁を取っぱらうことが無理なことは百も承知。ただ、きっかけにはなるかもしれない。
このまま何もしないよりかは、些細なことでも何か行動を起こすべき。そして、もしかしたらという淡い期待。
それが、君をこの村に歓迎する理由だよ」
「………なるほど…では、ご期待に少しでも応えるよう努力いたします」
「そう、気負わなくてもよい。君は普通に暮らしたいように暮らしてほしい。それが、民の心を変えるかもしれん」
「………ありがとうございます」
「といっても生活費ぐらいは自分で稼いでもらわないといかんからな…仕事や住居の話は明日しよう。今日はさっきも行った通り、客間で休んでいてくれ。案内はそこにいる執事がしてくれる。
おい、客間まで案内を頼んだぞ」
村長の言葉に執事は「かしこまりました」と言ってから深々と頭を下げた。
しかし、頭を下げたまま何か考え込んでいるのか、一向に頭を上げようとしない。
「………ひとつよろしいですか」
しばらくその状態のまま沈黙が続き、ようやく執事が口を開き、同時に頭を上げる。
上げられた顔は先程までと同じく何を考えているのかよくわからない表情のないものであった。
「どうした?」
「この村で暮らす以上はリック殿にはこの村のルールに従ってもらうことになりますが、リック殿にこの村のことを説明いたしましょうか?
それとも、明日まとめて説明するのでしょうか?」
「………………そうだな。説明を頼む。説明出来る限りの全てを伝えてやれ」
「………全て、ですね」
「あぁ」
「かしこまりました。では、リック殿。客間に案内します。付いて来てください」
何やら意味深な会話をする村長と執事だが、リックにそのことを問い詰める暇を与えずに執事をそそくさ部屋から出て行く。
仕方なくリックも執事に付いて部屋から退室し、出る前にチラリと部屋の中を見ると、そこには再開を喜ぶ3人の家族がいた。
(よかったな…ミア)
リックはそう心の中で呟きながら先を歩く執事に付いて屋敷を進む。
客間が遠いのか、屋敷が広いのか、執事の案内の元しばらく歩いていると唐突に執事が立ち止まりリックの方に振り向いた。
リックは目的地に着いたのかと思い、周囲を見渡してみるが、それらしき部屋は見当たらない。
「着いたのか?」
「いえ。こちらで村の説明をさせていただきたます」
「ここでか?立ち話もあれだし、客間に着いて落ち着いてからではダメなのか?」
「リック殿を客間には案内しません。リック殿は私の説明を聞いた後に帝都にお帰り下さい」
「………あんたも人間が嫌いなのか?」
「私は人間に特別な感情はありません」
「ならなぜ俺を帝都に帰そうとする?」
「それが私の主の意向だからです」
「………さっきはここで暮らすことを認めてくれたが」
「それはミア様の前だからです。私もご主人の本心がわからなかった。だから、確認をとったので間違いないです」
「………最後の全てがどうのこうのってやつか?」
「はい。全てを説明、つまりリック殿には帝都にお帰りいただくことになります」
「だが、俺はとても帝都で暮らせる状況じゃない」
「それはご心配なく。あの男が手を打つはずです」
「………あの男?」
「先ほどリック殿もお会いした、情報屋を名乗る男です。彼は情報屋ではありません。ジルベールという帝国直属の研究者です」