第15話
「………追ってきてないよね?」
「ん?」
「てーとちあんぶたいとか言うの。追ってきてないよね?」
しばらくの間、リックとミアの2人はお互い無言で森を進んでいると、唐突にミアが後ろを気にしながらリックにそう言った。
リックが後ろを振り返ってみるが、そこは真っ暗な闇に包まれているだけだ。
「………あぁ、追ってきてないよ」
「…………………………」
「ミア?」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!」
「は!?」
突然奇声を発し始めたミアに、リックは慌てながらミアを見ると、ミアの目から大粒の涙がボロボロこぼれ落ちており、ようやく先程の奇声が泣き声であることを理解した。
だが、奇声の原因がわかったところでリックは泣く子供をあやしたことがなく、困惑することには変わりない。
「あ〜泣くな、泣くな!そうだよな、怖かったよな」
「怖かったよ!不安だったよ!苦しかったよ!辛かったよ!」
「わかってる、わかってる。もう大丈夫だから」
「リックに見捨てられたと思って悲しかった!でも助けに来てくれて嬉しかった………ぐすっ、うっ…ありがとう」
「………………いや、お礼を言われる価値は俺にはないよ。一回は本気で見捨てたわけだし」
「最後は助けてくれた。よくわからないけど、何か大変なことなんでしょ?」
「まぁ、人生を棒に振ったわけだし…次会ったら殺す言われたし帝都ではもう暮らせないだろう。最悪の場合は手配書でも回って帝国内じゃ一生追われる身かも。治癒魔法が使えて、楽して生きていけただろうに」
「………ごめん」
「ミアは悪くない。一度ミアを見捨てた俺が最終的には助けることを選んだ。つまり、ちゃんと俺の人生とミアを天秤にかけた結果ってことだよ」
「………でも…」
「本人が後悔してないって言ってんだ。気にするな」
「………うん」
そう言って頷いたミアだが、その顔はまだどこか不服そうであり、リックはミアを安心させるために精一杯の笑顔を顔に貼り付けていた。
だが、その笑顔はどこかぎこちなくこの先への不安を隠しきれていない。
自分で選んだ道と言ったリックだったが、その場の流れで感情的になって選んだ道であることはリック自身も否定できないでいるのだ。
リックの不安を感じたのかミアの表情は暗いまま俯いて顔をあげようとしない。
リックは困り果てて頬をかくが、ミアを励ます言葉が思いつかず、少し考えた末に口にしたのは話題を変えることだった。
「………過去のことを言っても仕方ない。未来のことを考えよう」
「未来?」
「あぁ。俺はもう帝都…というより人の世で暮せなくなった。なら、人の世で暮らさなきゃいい。
ミア、君の村が人間を受け入れるいい訳でも考えていてくれ」
「………リック?」
「獣人の村か。馴染むのには手こずりそうだが、ミアの話を聞く限りだと良いところそうだ。
これから同じ村で暮らす仲間だ。種族とか気にせず仲良く楽しもうな」
「………うん…うん!よろしく!」
「じゃあ、案内してくれ。村に帰ろう」
ミアが顔を上げて、ひどく落ち込んでいた表情に僅かながら笑顔が戻りつつあった。
そのことにリックは胸を撫で下ろしつつ、獣人の村でミアと共に平穏な暮らしを送るために暗い森を進み続ける。
「………なんだ、このでかい壁?」
「ん?村を囲う塀だけど?」
森を進むリックの眼前に現れたのは人の10倍ほどの高さがある壁が森の中に長々と延びている光景だった。
村という表現でリックが想像していた物とはかけ離れた光景である。
この塀の内側全域がミアの村だと言うのならば、かなり広大で、こんな大規模な塀を用意できるとなれとそれなりの労働力や資材があるということだ。
村というより1つの都市と言われた方がしっくり来る。
(………それに思ったより帝都に近い。街道から外れてるとはいえ、この近さにこれだけ大規模な獣人の集落を築いてよく今までバレなかったな)
リックは獣人の村の性質上かなり森の奥に村があると考えており、森を歩きながら野宿の算段を立てていたのだ。
野宿をしなくて住んだことは嬉しいが、まさか夜が明けた辺りで着くとは思ってもいなかった。
「リック!入り口はこっちだよ!ほら、早く!」
道中でたわいない会話をしたおかげか、ミアは笑顔で走り回る歳相応の姿を見せるようになっていた。
そんな姿にリックは妙な勘繰りをするのは止めようと誓う。
ミアは気づいていないかもしれないが、獣人のコミュニティに人間が入るというのは前代未聞なのだ。
獣人だけの世で暮らしてきたミアには実感のないかもしれないが、獣人と人が入り交じる世で暮らしていたリックにはその異常性を実感できるのだった。
人間の集落に獣人が対等な立場として共存する姿を想像できないように、獣人の集落に人間が対等な立場として共存するのは普通では考えられないのだろう。
だが、リックには獣人には持ち得ない魔法というメリットがある。
しかも、人間の中でも重宝される治癒魔法の使い手となれば獣人は喉から手が出るほどほしいはずだ。
このカードをどう使うがリックの今後を左右していると言っても過言ではない。
「リック、リック!着いたよ!」
そう言ってミアが指差した先には塀に取り付けられた巨大な門の姿があった。
その門の前には武装した者の姿があり、武装した者の頭頂部からは獣のような耳が生えており、腰の下辺りからは獣の尾が生えている。
その姿は間違いなく獣人の特徴であった。
奴隷のような扱いを受ける獣人が武装するなど人間の常識からしたらあり得ないことだ。
つまり、ここは今までの常識の外にある。
リックはミアから説明は受けていたものの、こうして実際に目の当たりにするまでどこか疑いの気持ちがあったのだ。
だが、真実味の増す光景を前にしたリックは急に緊張感に見舞われる。
「じゃあ、行こ!」
リックの緊張をよそにミアは楽しそうにリックの手を引く。
リックはその手に引かれるように、重い足取りで獣人のみ空間を守るように立つ門番へと近づいていった。