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第14話

リックは目の前の光景がどのような状況なのか把握できずにいた。

連れて行かれたミアを追って森を進んだリックであったが、突然不自然に燃え上がった森に何かただならぬ気配を感じて周辺を探っていたのだ。

そんなリックが目にしたのは、帝都治安部隊の隊員が仲間であるはずの騎士を斬り殺す姿。

帝都治安部隊の隊長をミアの姉が殺して、その場から逃げ出したはずのサモアド達が、ミアを連れて行ったクラーの仲間を殺す。


(………はっきり言って意味わからない)


訳のわからない状況に隠れてやり過ごそうと目論んでいたリックだったが、隠れていることがサモアドにバレていた上に声をかけられ、仕方なくその姿をサモアド達の前に晒した。

リックの姿にサモアドを除く帝都治安部隊隊員は一瞬だけ驚いた反応を見せたがすぐにどこか納得したような表情をする。


「目的はこれだろ」


帝都治安部隊を代表してサモアドが、ミアのことを指差しながらそう言う。

相対するリックはサモアドの態度に一瞬だけムッとするが、戦闘経験のないリックはできればこの場は穏便に済ませたいため、文句を言いたい気持ちをグッと抑える。


「………確かに目的はミアだが…仲間割れか?」


「まぁ、そんなところだ。詳しいことを説明する義理はない。

そんなことより、これが目的なら勝手に連れて行っていいぞ」


「!ちょ、サモアドさん!何言ってるんですが!これをまた逃したらジルベールの奴に何されるか!?」


「そのジルベールと組んでいるのは死んだゲオルだ。謂わばゲオルの負の遺産、俺が新隊長になったら、あんなクズのペコペコする必要はない」


「いや、それはそうですが…隊長やまだ生きてますがクラーを含めた部隊の大人数を失って手柄なしというのはマズイのでは?」


「それも含めてジルベールとゲオルが原因だ。そもそもジルベールが寄越したおもちゃのせいでゲオルが死んだんだ。全部ジルベールのせいにする。

だけど、悔しいがあいつは世渡り上手だからな…うまいこと言い逃れるだろう。それだと悔しいからあいつが執着していたこれを見逃して嫌がらせでもしてやりたいじゃないか」


「………嫌がらせ、ですか?」


「何だ、小さい奴とでも思ったか?」


「い、いえ!そういうわけでは!」


「もちろん、他にも理由はある。ジルベールと手を切る以上は向こうは俺らを潰しにかかってくる。俺らはジルベールの悪事の内容はしらないが、行っているという確信があるからな。

だから、これ以上ジルベールに力を付けさせるわけにはいかない。この獣人が何なのかは知らんが、ジルベールの執着から考えて相当な物だ。ジルベールの手に渡れば、何か手柄を立ててあいつの地位が上がってしまう。地位が上がればジルベールの悪事の証拠を掴んでも、握り潰される可能性も上がる。それだけは避けなければならない」


「それはわかりますが…ジルベールと手を切るなら交渉のカードとして確保しておくべきでは?」


「それも考えた。だが、この獣人を逃がすことには、リックとの戦闘を避けるという目先の理由もあるんだよ」


「戦闘を避けるため?まさか、ただの一学生に精鋭である帝都治安部隊が負けるとでも?」


「いや、勝つ。だが、圧勝とはならないだろうな。クラーが調べた結果は俺も目にしたが、リックはかなりの魔法の才能がある。もちろん、喧嘩ぐらいしかしたことのなく、殺し合いの経験がない奴に負けるはずはない。だが、犠牲はある。そうだな…2、3人は死に、それ以外も体力は消耗するだろう」


「こちらに死人がでると…素人相手に?」


「相手を買い被ることに損はないが、みくびった時は大損だ。わかるな?」


「それは…わかりますが」


「これから俺らはクラーと戦闘に入る。奇襲とはいえ、あいつらの実力は俺達はよく知っているだろう。万全を期して挑むために少しの消耗でも避けたい。ここはこの獣人を引き渡して穏便に済ませるのがベスト。そのためにわざわざ声をかけて、リックによる奇襲を未然に防いだんだ」


「………」


サモアドの話に同意したのか、騎士達はミアを引き渡す意思を示すために、ミアを取り囲むような立ち位置からミアから一歩離れた位置に移動し始めた。

それでも、警戒して近づこうとしないリックに業を煮やしたサモアドはミアにリックの元へ行くよう命令する。

首輪による効果で理性のないミアは命令に逆らうことなく、コクリと頷いてから駆け足でリックの方に駆け寄った。

理性のないはずのミアの足取りは何故かどこか嬉しそうに見え、その証拠にリックの元まで辿り着いたミアは飛びつくようにリックに抱きついているのだ。


「おめでとう」


サモアドは拍手をしながらそう言うが、リックはサモアドを警戒しながら自分に抱き着くミアの首輪に手を延ばし、首輪に魔力を送ることにより付与されていた効果を打ち消した。

付与魔法は繊細なバランスの上で成り立っているため、少しでも異物が入り込むとすぐにそのバランスを保てなくなるのだ。


理性を取り戻したミアはしばらくボーと辺りを見渡した後に、リックの後ろに隠れると顔だけだしてサモアドを警戒している。

リックはそんなミアを安心させるように頭を撫でながらも、視線はサモアド達から離さないように睨み続けた。


「そう警戒しなくても何もしない。今回は見逃してやる。それとも何か?あんたらは俺らと戦いたいってのか?」


「………いや、こっちとしても戦闘は出来れば避けたい」


「なら、余計な事を考えないことだ。騎士の名に誓って見逃すことを約束する。だが、それも今回だけだ。次に帝都で会うことがあれば、帝都治安部隊として全力で殺しに行く」


殺すという宣言に怯えたのか、ギュッと抱き着くミアの力が強くなり、それに気付いたリックがミアに「大丈夫だ」と声をかける。


「………なら、お言葉に甘えて見逃してもらうかな」


リックはそう言うとミアの手を引き、あえてサモアド達に堂々と背中を向けてその場を立ち去り始める。

信頼しているのか、舐められているのか、判断がつかないサモアドは少ししかめっ面をしており、そんなサモアドの反応を知ってか知らずか、リックは立ち止まって振り返ることなく捨て台詞を吐いていった。


「買い被って2、3人って言ってたが…本当にそれだけで済むと思ってるのか?」


「………一応、我々一人一人が武器を持った一般人の集団を素手で、なおかつ無傷で勝てる実力があるのだがね。まぁ、気分を害したなら謝るよ」


折角見逃してくれる流れだったのに挑発し始めたリックにミアは不安を覚えたのか、リックの袖をクイクイと引っ張る。


「………行かないの?」


「あぁ、行くよ。ごめん」


不安そうなミアの手を引き、リックは夜の森を帝都から離れる方向に進んでいく。

サモアドはそんなリック達を見送り、2人が夜の闇に紛れて完全に見えなくなると小さくため息を吐いた。


「行ったか。獣人と人間じゃ決して相容れないだろうに…変な奴だ」


「そうですね………しかし、最後のあいつの言葉は本気なんでしょうか?」


「あれはハッタリだ。奴自身も勝負にならないことはわかっているさ」


「はぁ…なんでそんなハッタリを?」


「負け惜しみだろう。このままこっちの思惑通りに事が進むのが癪だっただけだ」


「この状況でそんな理由であんな事を?」


「よっぽど悔しかったのか………この状況でもここまでは言えるというラインを明確に判断しての発言か………どちらにせよ、どうでもいいことだ。今、気にすべきことはクラーだけだ。

よし!さぁ、お前ら!戦いの準備をしろ!今から戦う相手は獣人ではなく人間、それも同胞の騎士だ!それ相応の覚悟がいるぞ!」


「ハッ!」


サモアドの呼び声に騎士が姿勢を正し、一斉に敬礼をする。

士気は高く、覚悟も決まってある反応にサモアドは満足そうに頷いた。


「では、裏切りに行くぞ」


そう言ってから歩くサモアドに、周囲の騎士達は規律よく追従していく。

向かうは炎の包囲網の出口付近、クラー達が待ち伏せをしている場所だ。

獣人の少女が森で暮らす変わった青年の家の前に倒れていたせいで、帝都治安部隊を二分した熾烈な争いが、たった今、幕を開けた。

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