第13話
ミアの警護を任された3人の騎士の内の1人は、目の前で意思を持ったように炎が燃え広がるのを眺めながら感嘆の声を漏らした。
「すんげぇな………遠くから見たのは始めてだけど、これえげつないな」
「いつもより分厚くしてるってのもあるだろう。そんなことよりしっかり見張ってろよ。敵が来る可能性が一番高いのは、炎の方角からだ」
「わかってる。つっても衝撃魔法じゃあの炎を超えられないだろ」
「万が一ってこともあるだろ。しっかり見張っ………」
「?どうした?」
「………こっちの方角に誰かいる」
炎とは真逆の方向を見張っていた騎士が声を潜めてそう言うと、他の騎士も身構えて片手を剣の柄に伸ばし、もう片方の手を魔法を放てるように未確認人物がいる方に向ける。
そして、耳をすすまして炎の燃え盛る音があたりに響く中で謎の人物が発する音を見逃さないように集中していた。
「………1人じゃない?」
騎士の耳にはごく僅かにだが、ガチャガチャ金属のような物が動く音が1つではなく複数聞こえていた。
かなり小さな音で、相当な近距離でなければこの音はいくら集中しても聞こえないだろう。
つまり、音源の主はすぐ傍にいるということだ。
「これ…鎧の音だよな?」
「………そこにいる隠れている者達、手を上げて姿を出せ!」
試しにそう声をかけてみると暗がりの森で姿を隠していた者達が敵意のないことを示すために手を上げながら近づいてくる。
ミアの警護の騎士達はいそいそと現れた人物達に見覚えがあり、その者達はこの場にいるとは考えすらしてなかったので、驚きが隠せずにいた。
「サモアドさん?それに本隊に残った奴ら?何でこんなところに?っていうか少なくなってないか?隊長もいないし」
「………ハァ、一遍に聞くな。うるさい。話すと長くなるんだよ。
手短に言うと、隊長は殺されて俺らは逃げてきて、炎が見えたから、もしかしてクラー達かと思って探っていた。以上」
「………殺されただと?」
「その辺は話すと長くなる。それに俺らも聞きたいことがある。クラーはどこだ?」
「あんたらが逃げたせいで野放しになったリックが攻撃してきたんだよ。不意打ちの衝撃魔法で隊員1名を殺害した。その後はクラーさん主導の下でいつも通りの方法でリックを追い詰めているところだ」
「不意打ちの衝撃魔法?」
「いきなり隊員の1人を吹き飛ばして殺したんだ。かなりの威力だったな。だが、あれだけの威力だ。リックの得意魔法は衝撃魔法で確定。衝撃魔法ならあの炎は超えられないはずだ」
「………つまりクラーは炎の包囲網の出口付近で待ち伏せしていると」
「そういうこと。しかし、まさか隊長が負けるとは。
………待てよ。あのリックとかいう奴が隊長を殺せるほどの実力があるのならクラーさん達がマズイんじゃ」
「ふ~ん。そういえば、1つ謝りたいことがあるんだが」
「サモアドさん?どうした、突然?サモアドさんが謝るなんて珍しいな。リックを逃がしたことなら別に謝らなくてもいいぞ。隊長を殺せる実力があるのなら無理のない話だ」
「いや、謝りたいことはそのことじゃない」
「………じゃあ、何だよ?」
「さっき言ってた不意打ちの衝撃魔法あるだろ?」
「それがどうかしたか?」
「あれ、俺達だ」
「は?何言っ、ッウ!」
今までサモアドと話していた騎士が突然襲った腹への激痛に恐る恐る視線を下に向ける。
そこにはサモアドの持つ剣が自分を刺し貫くという現実があった。
サモアドが味方だということに油断して、サモアドが剣を抜いていたことに気が付かなかったのだ。
ミアの警護にあたっていた他の騎士達も突然のことに剣を抜こうとするが、その前にサモアドと一緒に現れた騎士によって斬り伏せられてしまう。
「………サ、サモアド、てめぇ、何を…考えて」
刺し貫かれた激痛に耐えながら騎士がそう言うが、サモアドは表情を変えることなく刺し貫いていた剣を引き抜く。
騎士は腹に出来た穴から血をドバドバと垂れ流し、ついには地に倒れてしまう。
薄れゆく意識の中、サモアドを見上げて睨みつけるが、サモアドはただただ見下ろすのみだった。
心中でサモアドに対する罵詈雑言を吐きながら、騎士はその意識を手放してしまう。
「………サモアドさん。こいつらまで殺す必要はなかったのでは?」
既に息絶えた3人の同僚の死体を前に、サモアドと行動を共にしていた騎士の1人がそう漏らす。
対するサモアドは一度ため息を吐いてから、口を開いた。
「言っただろ。クラーの別動隊はどちらかというとクラー寄りの人間だ。クラーに不満がないわけではないが、俺とクラーを比べたらどちらかというとクラーを選ぶ。そんな連中の集まりなんだよ」
「いや、それはわかってますが」
「こいつらが1人でも生き残って後々ここでのことをバラされると終わりなんだよ。それとも、このまま帝都治安部隊が終わるのを黙って見るつもりか?」
「………それは、嫌ですが」
「そうだろ。隊長亡き今、新隊長になるのは俺かクラーのどちらかだ。だが、間違いなく上には媚売ってきたクラーになるだろう。そうなれば帝都治安部隊は終わりだ。今までは俺とクラーは2人ともナンバー2で上下関係はないことになっていたが、正式にクラーがトップになったらあいつを止める者がいなくなる。だから、この場でクラーとクラー寄りの隊員を殺す必要があるんだよ。
どちらにしろこの3人より前に1人殺してるだろ」
先の火炎魔法のように複数人が同じ魔法を放てば威力を上げることができる。
サモアド達は得意魔法ではない衝撃魔法を複数人で放つことによりその威力を上げ、今まで見たことのない威力の衝撃魔法を放ったのだ。
そして、クラー達のやり口を知っているサモアド達はすぐにその場を離れて、炎の包囲網から逃れるてからミアの警護達の前に回り込んで姿を現したのだった。
「もしクラー寄りの人間が生き残り、俺がクラーを殺したことが知れたら、俺は投獄されるだろう。
そしたら誰が新隊長になる?はっきり言っていないだろ?」
「………くやしいですが、今の帝都治安部隊を立ち直らせる力量があるのはサモアドさんだけです」
「そうだ。クラーとクラー寄りの人間を皆殺しにし、俺が新隊長になる。隊長が死んだ帝都治安部隊のことを考えればそれが最善の手だ」
「………はい」
「よし。では次の目的はわかるな?待ち伏せをしているクラーに奇襲をかけるぞ。
………だが、その前にコソコソ隠れて様子を伺ってる奴と話をつけなければな」
サモアドはそう言って森の方に視線を向けた。
他の騎士達は隠れて様子を伺う人物に心当たりがなく、驚いたようにサモアドと同じ方向を向き、身構える。
複数の騎士の視線が集まる中、木々に姿を隠していたリックが、ゆっくりとその姿をサモアド達の前に現した。