第10話
目の前の悲惨な光景にリックはもちろん、軍人である帝都治安部隊までもが愕然としていた。
ミアの姉はそんな周囲の反応を嘲笑うかのように、頭部を失った体をゴミでも捨てるかのように放り投げる。
「キッ…貴様ァ!自分が何をしてッ、ガァッ!」
頭を引き千切られた人物と仲が良かった騎士が堪え切れず、剣の柄に手を掛けながら怒声を上げるが、ミアの姉が持っていた頭部を騎士に投げつけることにより強制的に黙らせる。
素手で首を千切るぐらいの力があるミアの姉が投げた頭部は、目で追いきれないほどの速さで進み、そのまま頭部は騎士の腹に命中。
その衝撃は頭部を腹に受けた騎士を勢いで体を吹き飛ばすほどのものだった。
そして運が悪いことに頭部を腹に受けた騎士は炎上する家の前におり、その騎士はそのまま頭部と共に炎の中に呑み込まれてしまう。
同時に炎の中から断末魔の悲鳴が聞こえてくるが、リックはもちろん、ゲオルを含めた帝都治安部隊ですら炎の中の騎士を助けようとせずに呆然と立ち尽くすのみだった。
リックはともかくゲオル達は戦闘のプロである軍人だ。
怪我人が出れば助け、身に危険が迫れば身を隠し、敵がいれば戦う。それが軍人というものだ。
だが、今の帝都治安部隊は目の前にいる燃え盛る仲間を無視し、目の前にいる脅威に対し隠れもしなければ戦おうとすらしていない。
軍人としては失格だが、それも仕方ないことだった。
それだけ目の前の獣人は異常なのだ。
獣人を殺し回る帝都治安部隊だが、獣人の戦闘能力に関しては帝国で帝都治安部隊より詳しい者はいないだろう。
その帝都治安部隊から見てミアの姉は強すぎるのだ。
獣人は素手で首を引き千切る力はないし、人を吹き飛ばすほどの威力で物を投げつけることはできない。
「く、クソ!クソ!クソがぁ!」
1人の騎士がヤケを起こして突っ込み、周囲にいた騎士もそれに続くが、突っ込んだ順からミアの姉の手により命を落としていった。
片手を振るえば騎士の体が裂け、体を掴めばそこが潰れる。
まるで虫でも殺すように次々と騎士があっけなく死んでいった。
「な、何なんだよ!何なんだよ、あの化け物!」
リックの横を逃げ去ろうとしていた騎士が通りかかるが、その騎士もミアの姉が投擲した剣が突き刺さり地に倒れ伏す。
「………ジルベールの奴、あの獣人に何したんだ?総員落ち着け!化け物じめていようが獣人だ!陣形を組んで対処しろ!」
ゲオルが部下を鼓舞し、自身も魔法で後方支援をしようと、ミアの姉に手の平を向けた。
仲間を殺した憎き獣人を、これまで通り燃やし尽くすために、ゲオルは火炎魔法が放たれる手の先をミアの姉に向け続ける。
だが、ミアの姉はゲオルの想定を大きく上回るほどの力を持っていたのだった。
「!消えッ!」
ミアの姉が突然ゲオルの視界から消えたと思うと、次の瞬間には手を前に差し出すゲオルの懐にミアの姉が入り込んでいた。
ミアの姉は消えたのではなく単純に目に見えない速さで移動したのだ。
常人では瞬間移動にしか見えない普通には考え難い移動に、戦闘経験が豊富のゲオルも流石に度肝を抜かれる。
やばい、ゲオルがそう思う頃には懐に入ったミアの姉は既にその手を振り上げており、同時にゲオルは腕に襲った激痛に顔を歪める。
恐る恐る腕を見ると魔法を出すために、前に差し出していた腕の肘から先がなくなっていた。
ふと上を見上げてみると自分のものと思わしき腕が空中を舞っている。
偶然なのかミアの姉が狙ったのか定かではないが、空を舞うゲオルの腕は手の平をゲオルの方に向けていた。
そして、手の平の前には今にも射出されそうな火の玉が轟々と燃え盛っている。
ゲオルはその光景を眺めながらも頭の中は意外なほどクリアだった。
「………知らなかったな。魔法って腕が千切れても発動するのか」
現実逃避か、本当に感心したのか、ゲオルがそうポツリと呟くと同時に、手の平の先に展開された火炎魔法がゲオルに向けて放たれた。
全身を炎に包まれ悲鳴を上げるゲオルだが、のたうち回ることはせず、無事だった方の腕で剣を引き抜く。
「我が名はゲオル・ロイド!この命!タダでくれてやるつもりはない!」
そう叫ぶと、火炎魔法に巻き込まれることを恐れてか、少し距離をとったミアの姉に剣を振りかざして突進していった。
騎士としての本能か、自暴自棄になったのか、最期にミアの姉だけでも討ち取ろうというのだ。
だが、そんなゲオルの思惑を邪魔するかのように、ゲオルとミアの姉の間にフラリとリックが割って入った。
「邪魔だぁ!どけぇぇぇ!」
ゲオルが叫ぶが、リックは気にも止めずに、先程剣の投擲で死んだ騎士に突き刺さっている剣を引き抜く。
そして、そのままその剣で突っ込んでくるゲオルを刺し貫いた。
「………どこまでも獣人の味方をするのか…貴様は?」
ゲオルはその言葉を最後に口から大量の血を吐きながらゆっくりと倒れた。
全身を焼かれ、さらに剣で刺されたゲオルの生存は絶望的だ。
「………撤退だ」
隊長の死で放心状態だった帝都治安部隊の中でいち早く我に帰ったサモアドがそう言った。
「なっ!サモアドさん!隊長が殺されたんですよ!騎士として仇をとるべきでは!?」
「状況を判断できないのか!?それでも名誉ある帝都治安部隊隊員か!?
はっきり言おう!今の状況で戦ったらどうあがいても全滅だ!勝てないなら逃げるしかないだろ!」
「し、しかし!」
「隊長が死んだ今、最も指揮系統が高いのは俺だ!この意味わかるな!?」
「ぐっ…か、かしこまりました」
サモアドの撤退命令に帝都治安部隊は不服そうではあったが、反論もそこそこに部下達は撤退を受けいれる。
口では何と言おうとも、ミアの姉の圧倒的な力を見た騎士達は心のどこかではサモアドの言う事が正しいことを理解しているのだろう。
足早に去っていく帝都治安部隊をミアの姉は追うことはせず、リックと一緒にぼんやりと見送った。
見逃したとも取れるが、恐らくはミアの姉が限界を遠に超えていることが追わなかった理由だろう。
ミアの姉は全身を焼かれ、いつ死んでもおかしくない状態で暴れまわったのだ。
最期の力を振り絞り、帝都治安部隊を撤退にまで追い詰めることに成功したミアの姉だったが、目先の脅威がなくなったことに安堵したのか、足から力が抜け、その場で倒れてしまう。
「あっ、おい!」
リックが倒れたミアの姉に駆け寄り、治癒魔法をかけるが、衰弱が激しく治癒魔法はあまり効果をなしていなかった。
治癒魔法はどんな怪我を負った相手でも、少なくとも生かすことはできると言われる程の治癒力がある。
そんな治癒魔法をもってしても生かすことができない状態というのは異常、もはや死んでいると言っても過言ではないのだ。
「こいつ…この体で動いてたのか……」
リックがミアの姉のあまりにも酷い状態に驚愕していると、倒れたミアの姉が目だけを動かしてリックの方を見た。
「………すまない」
リックはせっかくの才能である治癒魔法が効果がないことに対する罪悪感から謝罪をするが、ミアの姉は気にするなということを伝えたのか弱々しい笑みを作った。
そして、衰弱から声を出すことはできないが、ミアの姉は残っている全ての力を振り絞って口だけを動かす。
『妹をよろしく』
声はないがミアの姉は間違いなくリックに向けてそう言ったのだ。
それがミアの姉の最期の行動。リックの返事を聞く前に、ミアの姉の瞼が閉じられ、虫の息ではあったが、僅かにあった息が完全に途絶えてしまった。