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第1話

人気がない森。道も整備されておらず周囲にあるのは草木と獣、虫ぐらいの森の中に一軒の家がポツンと建っている。

この家以外に家などの人の痕跡を感じられる物が何もなく、暮らしていくには不便なことこの上ない場所に住んでいるのは一人の青年であった。


青年がここを寝床にするようになってから、この家に誰かが訪れたことはない。

そして、これからも誰も来ることはないと青年は考えていた。


「………何でこんなとこで寝てんだよ」


帰宅した青年は家の扉の前にもたれかかるように眠る人物を前にため息混じりにそう呟いた。

人が偶然通りかかるような場所ではないし、ましてや人が寝るような場所でもない。


出来れば関わりたくないと思いつつも、青年は仕方なく項垂れるような体勢で眠る人物を起こそうと手を延ばす。

すぐ近くに帝都があるとはいえ、野生の獣が多くいる森の中で無防備に寝ることは危険なことだ。

そして、何よりこのままだと青年が自宅に入ることができない。


「おい、起きろ。なんで、こんなとこで寝て…」


起こそうと手を延ばした青年はようやく目の前の人物の異常に気が付いた。

髪が長く、項垂れるように寝ているため顔を見る事はできないが、小柄で丸みを帯びた身体付きをしているので恐らくはまだ幼い少女だろう。


だが、性別や年齢が異常なわけではない。問題は少女の耳だ。

少女に本来あるはずの人間の耳はなく、代わりに猫の耳のようなものが耳があるべき場所から頭頂部にかけて生えていた。

へたり込んでいるとはいえ、こんな目立つ物をなぜ今まで気づかなかったのかと不思議に思いつつ青年は少女の髪を掻き分けて猫耳の生え際を覗き込んで見る。


「………本物だな…こいつ獣人か」


獣人。ずば抜けた身体能力を持つ種族である彼らだが人々からは忌み嫌われていた。

獣人はその昔に聖女によって滅ぼされた魔王が戦力として作った魔族の末裔と言われ、人々から迫害されている。


だが、ひどい迫害を受けているが絶滅するようなことはなかった。

優れた身体能力を持つ種族なため重労働の働き手として利用され、賃金もほぼタダでこき使われているため、需要がなくなることはないのだ。

だが、それは人手不足の地方での話で人が多く集まる大きな都市では獣人への迫害は地方よりも過激であった。

さらに帝都では獣人を掃討対象にしており、見つけ次第殺してもよいとう条例まで施行されているのだ。

そんな背景もあり、帝都には獣人をほとんど見かけることはなく、青年も帝都に来てから初めて出会った獣人であった。


「それに、よく見るとひどい火傷だな」


森の中で襲われて命からがら逃げ延びてきたのだろう。

見えるだけでも全身に大小様々な傷があり、特にひどいのは右腕を覆う程の火傷だ。


放っておいたら命を落とすだろうが、獣人を治療するような人間は帝都にはいない。

少女に獣人の仲間がいるかもしれないが、ここに放置されているということは仲間が助けに来ることもないだろう。

つまり、少女が助かるかどうかは青年の今後の行動しだいということだ。


ここで青年が少女を見殺しにした所で誰にも文句を言われることはない。

むしろ、皆殺しにするよう都市ぐるみで動いている帝都ではとどめを刺さなかったことを言及される可能性すらある。

もちろん、助けるなんてもっての外だ。最悪の場合は異端者として処刑されてしまうだろう。


「………」


青年は獣人を取り巻く世間の動向を理解しつつも、治療目的で少女を抱き上げて家の中に入っていった。

青年は獣人の人権を訴えるような人物でもないし、困ってる人を放っておけないような人物でもない。

ただ青年は獣人にほんの少しだけ興味があり、この行動になぜと聞かれれば「なんとなく」や「気まぐれ」と答えることだろう。

だが、青年の思い付きに近い行動が少女を助けたということには変わりなかった。









「目、覚めたか」


青年が治療を終えてベッドに寝かせている少女の顔を覗き込んでいると、閉じられていた瞳がパチリと開いたため青年は声をかけた。

青年は獣人を観察するために顔を覗き込んでいたのだが、少女からしたら目覚めると自分の顔を覗き込む見知らぬ男が目の前にいるということになる。

当然、少女は警戒するように目を細めると、青年はようやく少女から距離をとる。


少女は上半身を起こすと青年から少しでも離れようと身をよじらせ、そこでようやく自分がベッドにいることに気が付いた。

不思議そうにベッドを眺めた後にキョロキョロと辺りを見渡し始める。


「………ここは俺の家だ」


「家?…でも、私…確か森に…」


「この家は森のど真ん中にあるんだよ」


「………そう、なんだ」


少女は青年の説明に納得したような発言をするが、その表情は納得しているとは言い難かった。

自分を騙そうとしているのではないかと警戒しているのが青年にもありありと感じられるほどだ。


「そんなに不思議か?」


「え?」


「人間の俺が獣人のお前を助けたことが?」


青年の問いに少女は少し考え込んでからコクリと頷いた。

獣人として産まれた少女には人間は恐怖の対象でしかないのだろう。

蔑むまれる暴力を振るわれることはあっても、助けられるなど考えもしてなかったのだ。


「俺も色々と聞きたいことあるけど、とりあえず名乗ろ。リック・べリュー、それが俺の名前だ」

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