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黒き死神の英雄譚  作者: 暁緋
第一章 死の国Ⅰ
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第一章3 『ようこそ商隊』

 場面は元の街道付近に戻る。


 少女が駆け出したあと、商隊はガルムの襲来に際し行進を停止した。

 現在は討滅のために散開した仲間の帰還を待っているところだ。


 ……不可解にも、ガルムはやけに統率が取れておらず、騎竜で突撃すると蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う、普通見ない図だった。

 戦闘というにはあまりにあっけない。


 その理由は森の中にあるが、誰もそれを知るものはない。

 戦闘はものの数分で決着がついたかに見えたが、

 ―――ひとり、班員が戻らない。


 カイルは少女が意気十分に竜を駆り、弾け飛んで行った様を思い返す。我が妹ながら勇ましい。実力は祖国のお墨付き。

 そんな彼女が戻らないというのは、何か異常事態があったということなのか。


 そんな時、後ろから高めの声がかかる。


「カイル、少尉殿、……ぇと、ピ……、っ准尉殿は…――」


 カイルと同班の、敵襲時の伝令役を務める齢10の少年騎士がカイルの騎竜に歩み寄り、見上げるようにして『心配だ』という顔をカイルに向ける。

 しどろもどろなのはまだ軍人になって日が浅いこともあるが、彼の気質にも因るところだ。

 カイルは微笑みを浮かべながらも、困ったという口調でで答える。


「それが戻らなくてな。あいつに限って万が一はないはずだが…少し見てきてもいいだろうか、クーノ上等兵」


「あ…分かった!お任せください!カルに…少尉殿!」


 それなら安心だと、敬礼をとり、口角をあげて返事をする。


 ―――無事でいてくれ、―――


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「―――だから!!っ…っ!!ば、バカやってんじゃないってのよッバカーーーッ!!!」


「―――う゛っ……」


 現在の状況はこうだ。

 年若い少年の奇行を牽制すべく、少女は支離滅裂しながら、自殺志願者の肩を鷲掴み、全身全霊をもっての頭の中身をシェイクしている。

 若干半泣きで。


 カル兄助けて!!!!ヘルーーゥーープ!!!!





 少し振り返る。


 シンは今にも森を出ようとしていた。そこに何かが猛然と駆けてくる物音がして、意識を向ける。ガルムがシンを認識し、突撃せんと向かってくるのが分かると、迎撃の構えをとる。右手には細身の長剣が握られている。最初から脇に差してあった棒と同等か、少し短く、軽いものだ。


 実を言うとあの大剣は置いてきてしまったのだ。敵の数が減るごとに、大剣が思うように振れなくなった。そこで、戦の中でゴブリンの持つ武器をくすねながら自分に合う武器を探した。こん棒――ナイフ――レイピア――と、とっかえひっかえして、今はこの形に落ち着いている。


 ガルムが迫る。数歩踏み込み、頭部を切り離そうとしたら、


 目の前の犬の魔獣が爆発、炎上した。


 心の準備なく起こった衝撃に後ろに倒れこむ。

 一瞬何が起こったかわからず、きょとんとした表情を浮かべるもすぐに立ち直り、焼けた死骸を見やる。

 初めてみる状態だ。赤い熱が死骸から揺らめいて出ている。少し喉に来る。触ってみると――やはり熱い。手を引っ込めた。


 ……しかし、気づく。あの鼻腔をつく匂いが幾分ましになっている。

 試す価値ありと判断し試行に移す。

 切って、剥いて、削いで、匂いを嗅ぐ。―――いけるかも。

 骨肉をかじるために口を開いて―――




 ……目端に移る鬼を目撃。

 死神もびっくり。目が点だ。


 捨て身の体当たりで大きく体が飛ぶ。

 お互いがやっとこ起き上がると、少女は「大丈夫――!?」、と焦った声を発する。


 シンに飛びついてきたものは自分と同じ形をしていた。自分と近い存在。関心は高まる。

 艶のある鮮やかな赤髪、明るい翡翠の瞳。黒い服の中に赤のスカーフを巻いている。


 シンは少女の方に関心を向けつつ、



 ―――とりあえず、食いたい。


 再び行動を開始。今のシンは生物的な欲望に忠実だった。


 それから少女の認識の齟齬とか、シンのない言語力とか非常識とか食欲とか云々かんぬんでどんどん収集が付かない方向へ。


 中断してしまった肉にありつこうとするシンを少女が制止。

 それでも諦めず毒をつかもうとする少年に驚愕。――なんという自殺願望の強さだ、だが止めなくては!と使命感にかられる少女。

 空腹が原因だとは夢にも思わない。


 シンは自殺なんてする気はさらさらないが、危険行為を止められているなどという自覚もない。

 敵意でもって、こんな風に脳を振り乱すのだったら手を出していたところだが、そうではないために為されるがままだ。



 わんことの心洗われる|(?)友好的コミュニケーションが幸いしたのか。





 いや、


 ――――――ないな。


 シンが単に流され体質なだけだった。

 殺気を受けていない間のシンは常時抜けていると言っていい。自衛本能仕事しようか。


「―――だから!!っ…っ!!ば、バカやってんじゃないってのよッバカーーーッ!!!」

「―――う゛……」


 しかし敵意・殺気はなくとも少女の暴力行為、もとい実力行使、もとい説得は延髄に負荷かかかりすぎる。

 世界が傾き、これは本格的にまずいと気づいた彼は手探りに――




「――ふぇいっ!?」





 上ずった声を漏らし、

 少女が固まる。


 ギギギ…と視線を下げ、動かない。



 ふにっとした――。こんなもの、自分にあっただろうか。個体差か。

 だがあのわんころの"ぷにっ"には…とかはどうでもいい。



 勿論、シンとしてはただ止めてほしかっただけだ。

 だけなのだが――


「ふふっ……ふふふ………―――」


 不気味な声を発し、シンは「?」という顔でもって見つめる。

 しばらく下を向いていた少女は緩やかに顔を上げ、

 年に似合わない嫣然とした微笑みを浮かべる。


 その顔を見てフェンリルの表情との共通点――笑顔を見て取って少し安心する


 ――が、

 みるみるうちに少女の顔は上気。険しいものへと変わり、

 指折り、

 握りこぶしを戦慄かせ、



「―――こんの……っッ」


 振りかぶって、



「―――変っっっっ態ッッッッ!!!!!!」



 鋭いコークスクリュー・ブローがシンのほうけた顔面をクリティカルヒット。

 肩をつかまれた状態で前に出した手の位置が問題だった。そのままにしたのも問題だった。


 意識を手放す瞬間、シンは思った。



 人間……怖い。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「どっ……どうしよ……」


 やっっちゃた――。


 赤髪の少女は我に戻り自分の失敗を悟る。



 っで、でも、はじめて…!はじめてだったのにぃぃ…!



 後悔と恥らいと怒りとでないまぜになった心中をなんとか押しとどめる。

 だがあの過去の所業に乙女らしさなど皆無だ。だがそれをツッコむ者はいない。

 5メートルほど吹っ飛び転がって仰向けに倒れた少年の顔を確認しようと駆け寄り、傍らにしゃがみ込む。


 木の陰と、少年の顔が少女とは逆の方を向いているせいで、容体はひと目には分からない。大事には、至っていないはずだが……。


 少し冷静になって考える。


 あまりに取り乱しすぎていた。普段ならこんなこともないのに。

 民間人に手を上げてしまうとは情けない。一因として頑なにこの男は話さず、まだ毒物を摂取しようとするものだから不安で、焦らざるをえないのもあった。

 かける言葉もつきかけ、自分の悩みまで持ち出しても諦めさせることができず、悔しさと必死さと情けなさとで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


 ……情けない。


 わずかに、表情が陰る。


 その念を断つように、少女は自らの頬をパチンッと両手で叩く。――これでいい。今はこっちが優先だ。


 目の前で気絶している少年に意識を戻す。

 顔をこちらに向けさせ傷を診る。顔面が悲惨なことにになっていることを覚悟して。だが、

 ……予想に反して軽度のようだ。


 ……あれ―――?


 首を傾げ、念入りに観察しても、布で鼻血を拭ってみても、結論は骨折までは至っていない、だった。


「けっこう全力で殴っちゃったはずなんだけど…祝福かしら」


 祝福――――人が生まれながらに与えられる恩恵……この場合身体強化の類だろうか。だとしたら戦向きだ。


 ―――と、ここで気づく。


「黒髪……?珍しいわね」


 動揺していて気にも留めなかったが、今更に。落ち着いたと思ったが、


 同年代の男子にしては幼い顔。ふわりとするぐらいの短髪に黒い髪。全身黒服に黒の額あて。

 黒、黒、黒。

 そういうこだわりがあるのだろうか。うちの軍服みたいだ、と少し親近感が……


 ――湧かない湧かないっ!!


 装備品はあまりに少なく、剣が二振り。

 一方は左腰につけているが……、もう一方に鞘はなく瘴気になり、溶けかけたガルムの亡骸の横に転がっている。


 食料もないところを見ると商隊が襲われて盗賊から逃げてきた可能性は……。

 盗賊の出現箇所にしては街から離れすぎている気がするが……。

 何もかも失って、……それで自殺……?


「…………」


「何かあったのか!?」


 突如、後ろから声がかかる。足音に気づくのが遅れた。


「―――…っカル兄!――――、いや……、その…、」


 驚きの顔を兄と慕うものに向け、存外時間が経過してしまっていたことを知る。

 しかし自殺志願者を止めようとして必死こいてたら急にセクハラを受けて反撃して気絶させて………なんて言えるだろうか。


 ……いや、言うしか……ない、気がする。この兄にかかっては……。


「遭難者か?

 ――!………」


 カイルは若干驚いたもののすぐに気を取り直し、さしあたってすべきことを実行した。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「あ! 起きたよピジェ! 鼻血のお兄ちゃん!」


 シンがその目を薄く開く。目の前に顔を覗き込む小さい顔があった。


 クーノはピジェ、という人物の方を向き、はつらつとした声を上げる。



 シンは何度か瞬きをして、緩慢に頭を回し始めた。


 あれからどうなったのか――確か食物にありつこうとして、それを止められ、首を折られそうになって

 ……殴られた。


 衝撃的だった出来事が鮮明に想起される。

 そう認識したとたん、顔の鈍い痛みが主張し、避けたい感覚だ―――――シンは思った。


 寝て起きるというのは初体験。体が少し重い感覚に悩まされる。

 頭に靄がかかっているようで気持ち悪い。


 ガタゴトと地面が揺れ、不安定さを覚える。

 どうやら上下左右を囲まれた狭い空間にいるらしい。


 人工の、明らかに新しい環境――。

 シンはその箱のほぼ中央に寝かされていた。


「起きて大丈夫? もう少し寝ててもいいんだよ? お兄ちゃん」


 ……『オにぃちャン』…なんだろう。


 クーノ。短く切りそろえた金色の髪に、藍の眼の少年が、傍らに座り込んで患者の様子を見ている。


 シンは額に手を当て、起き上がる。

 まだ視界がぼやけるので目をこする。


 辺りを見回すと、目の前にいた少年クーノのほかに二人の姿がある。

 一人は先ほどシンがひどい目に合わされたという印象の少女だ。向かって左奥の壁によりかかる形で座っている。


 襲い掛かってきたら、どうしたものか。


 少女と目が合うも眉を顰められ、

 ふんっ――と

 そっぽを向かれる。


 その行動の意図をシンは理解しえなかった。


 拒否ではあるものの、気にはなっている。後ろめたさと、責任感。

 素直に謝るべきだと解ってはいるのだ。けれど、……気まずい。


 少女の向かい側に座っていた、短くも柔らかそうな萌黄色の髪と、反対に暗緑色の瞳。優男はシンに和やかな笑顔で話を振る。


「ははは、ご機嫌斜めのようだ。妹が乱暴をしてしまってすまなかったね。体は大丈夫……、ではないよな。それはそうだ。傷は治っても痛みはしばらく残るしね。

 でも君も君ですごいことするからだよ? うちの暴れん坊は恥ずかしがりやなんだ、この間だって――」


「っ! カルにぃっ!!」


 少女は慌てて口を挟み、それ以上自分の内情を広めまいと勢いよく床に手をつき身を乗り出した。

 その反動で、肩下まで伸びた髪が揺れる。

 頭頂部付近の髪を二つに分け、ピンと縛った触角がゆらゆらゆらめくのが "変態" の目を引いた。


 軽口をたたいていたカイルはシンの右側に歩み寄り、片膝をついて、名も知らぬ少年にこう続けた。


「まぁこの通り、元気なやつなんだ。あと素直じゃないところがあるから、よろしく頼むよ。同い年くらいだし仲良くしてやってくれ。俺はカイル、でもって、

 あのふくれてる、君を吹っ飛ばしたのがピジェ」


 親指でもって後ろのふくれた少女を指す。もちろん笑顔で。ピジェの顔は不満を訴えているのだが、この兄、意にも介さない。


「~~~っ」


「僕はクーノだよ!回復魔法きいたみたいで良かったよ~。あ!、思ったより傷軽かったよ。ピジェに殴られてもあれぐらいで済むなんてお兄ちゃん、がんじょうなんだね~」


 改めて観察して見ると自分や他のふたりよりも大分体格が小さい。……個体差?


 一方のピジェはまだ眉を寄せ、むむむ、とふくれっ面だが頑なな姿勢は緩和したようだ。体が悪いという態度で元のように向き直っても横目で見ている。

 完全にいじられキャラのポジショニング。三人の力関係カイル>クーノ>ピジェは明確だ。こと三人の会話においては。




「で、……君の名前は?」


 カルスは続ける。




 シンに自己紹介の流れが分かるはずもなく、3人が音を交わしている間、その様子に目を瞬かせていた。


 ……しかし、見つめられて、目の前の青年がなんとなく、を自分に求めているのだと思う。


 真に何かを訴えかけたいとき、人は往々にして、その対象を見る。

 フェンリルがそうだったように。

 フェンリルが別れの時、何度もと同じフレーズを発し、シンに返事を求めた、

 ――――『声』に意志があったように、


 今度は、その『目』に、意志を感じる。


 大精霊の『またな』のように。



 ここにきて、シンと同存在である人間、あるいは精霊の自らに向ける意志を、その意味を、―――知りたい。

 ……そう、初めて思った。


 何かと、つながってみたいと思った。


 黒の双眸で目の前の、話しかけてきた人間の顔を、目を見る。

 その人物は微笑んで、答えをじっと待っている。とても――――長い間だ。




 何か――


「…………」


 そして――――唯一、初めから知っていた響きを想い出し、


 ―――――――唱える。




「…………しん、……シン」




 はっきりと、響いた。


 青年は瞑目し頷く。小さな少年は笑顔に花を咲かせる。

 シンに世話を焼かされた少女は、その響きを捉え、目を丸くする。


 青年がシンの腕をゆっくりつかみ、

 その手を握る。握手だ。




 ―――――温かい。




 そして続けて、こう答えた。


「シン、ようこそ。我らが商隊へ!」



ヒロインと打ち解けるまでは本章は終われない…!商隊の旅は続きます。

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