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黒き死神の英雄譚  作者: 暁緋
第一章 死の国Ⅰ
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第一章1 『はじめての出会い』  

 晴れやかな青い空。太陽は真上を通り過ぎ西の空の中ほどにある。

 空を行く歌鳥ピュリアバードの囀り、どこからか流れてくる甘やかな香りが恵の季節を告げている。


 そんな(エイプル)の陽気な情景とは対照的に、鬱屈とした気分を蓄積させている少女が、平原を行く商隊の中にいた。

 現在、彼女は荷を積み、本国へと向かう商隊の護衛として、蒼竜の背に跨り、陣の最後尾で哨戒・迎撃の任についている。

 ・・・要人の警護も兼ねてはいるが、あいつに警護の必要があるのだろうか―――という超人と捉えているため、少女は考慮に入れていない。


 今、この商隊は比較的ゆっくりとした速度で進んでいる。

 街道沿いに腰上にくるほどの高さの草が生い茂る地帯が続いており、盗賊でも魔物でも、襲われる可能性が格段に高いのだ。


「あ゛ー……疲れた…………いい加減にしてほしい、ほんっと……」


「まぁそう言うなよ。しかめっ面になってるぞ。あと四半時で野営地だってさ」


 少女が蒼竜の背に揺られながら、うな垂れた様子で小さく愚痴をこぼした。

 その不満を前方から報告に来た青年が拾いあげ、宥めの言葉をかける。


 聞かれることを想定していなかった少女は、不貞腐れたように視線を横に流す。

 青年は妹分の不満の一つも聞いてやろうと、彼女の横に自身の駆る赤竜をつける。

 少女はそれを察したのか、ここぞとばかりに、溜まっていた鬱憤を気の置けない相手にぶちまける。


「だってさカル兄、アタシの本分は地上戦で、魔物討滅なの。地に足着かないと死んじゃうの!それでも参ってるのにさ、お昼から四時間ぶっ続けで騎乗したまま交代もなしって!?ありえない……

 なんのために3班に分けてあると思ってるの。集中力持たないわよ。隊長様は揺れない竜車でのんびり悦に浸ってほくそ笑んでるって?隊長やるってんなら私怨持ち込むな!

 あーーー、もう!ムカつくっーー!!」


 しばらく足をばたつかせると、―――――脱力。再び大きくため息をつく。

 しかし表情は幾分硬さが取れ、気は紛れたらしいのをカル兄と呼ばれた人物は見て取る。

 そして微笑を浮かべ、彼女の不服を受け止めて言葉を紡ぐ。


「思うところは俺も一緒だけどな。

 こういう騎竜での護送任務は俺たちは教練以来だし、騎兵種の領分だ。

 普段はこうではないだろうから、みんなよく耐えてくれていると思うよ。

 気遣ってくれるし、本当にありがたい。

 隊長殿には報告書で後悔してもらおう――


 ――――—あと、みんなの前ではカイル少尉な」


「―――――……ふふっ………はい、カイル少尉殿」


 少女はカイルに敬礼の体をとってみせ、少しだけ笑みを返す。


 全くカル兄にはかなわない。ひどく和やかな気分になる――。


 少女はしばし思いにふける。


 この任務においてこの両名はほかの隊員——騎兵種とは異なる、歩兵としての技能に特化した部隊の所属で、完全にアウェイの状態だ。

 だから、この任務に引っ張られた理由は、きちんとある。

 あるが・・・。この時ばかりは自国の実力主義が恨めしくなる。

 そのおかげでここまで来れたのは確かだけれど。



「それにしても、午後になってから襲撃、ないな」


「そうね。こういうことも珍しいって商人さんも言ってた」


 ……だから、余計なことも考えてしまうのかもしれない――。



「体力的にはありがたいんだけどな、逆に不安だよ。地味にお腹キリキリするし」


「相っ変わらず、心配もやしだなぁカイル兄殿は」


「用心深いといって!?あとやっぱり呼ぶ気ないな!?」


 そんなたわいのない会話をしてお互い適度に緊張をほぐす。


 カイルは武芸に富んでいるというわけではなかったが、何が劣るということはない、中の中なんともノーマルなお人だ。

 少尉の階級はその人格者ぶりを買われているのだろう―――というのが妹分の目算だった。

 今日は一段と自分に合わせてくれているような気配すらする。普段であったならもっと――。


「どうせなら降りて歩いたらどうだ。騎乗で腰にもきてるだろ。気分転換になるかもしれない」


「……それじゃ死角増えるでしょ。我慢するわ。あとちょっとなんだし」


 気を引き締めなおした少女は凛とした瞳をカイルに向ける。


「そうか」


 気を抜くのはそれを許された時だけ、役割を疎かにするのは彼女の矜持が許さない。

 彼女には騎士という自覚があり、その理想がある。

 会話をしている間も意識はその役務を離れてはいないのをカイルは知っていた。


 その姿を頼もしく思いながら、持ち場に戻ろうと手綱を握り直し、じゃあな———と声をかけようと顔を上げたところ———



「―――……でも…、やっぱり、アタシへの嫌がらせに、…カル兄や関係ない人が巻き添えを食うのは、、納得できないや……」



 ポツリ、そう呟いたのを聞いて、彼女の方に思わず振り返る。

 向こうを向いていて、こちらからはその表情をうかがい知ることはできなかったが、カイルはその小さな背中に心細いものを感じざるを得なかった。


「――――」


「――――ごめん!なんでもないっ!ダイジョブだよ。ああいう実力行使はもう、しないからさ!」


 ありがと――。と言ってこちらを向く少女の顔はもうからりとした笑顔で……カイルは何を言うこともできない。


 すでに彼女の意識は別のものへと向かっていて。


「お仕事だ!こっちの二体はアタシがやる。残り頼んだカル兄!」


 少女は前方から状況報告に来る騎士の影を視界にとらえつつ、手綱を大きく引き、気配の方角を見やる。竜が嘶き、隊後方にその頭を向けて振りかぶる。

 体重移動の勢いのまま蒼竜は駆け出し、前傾姿勢で弾丸のごとく標的へと翔けていく。

 カイルはその背中を見送り、周囲が久々の迎撃に騒がしくなる中、静かに、すべきことをしようと思い直して、反対へと駆けていった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ゲイル大平原―――危険度は低いものの、魔物との遭遇率の高い魔の領域。

 30分に一度は必ず、と言っていいほど魔物が《索敵魔術(サーチ)》にひっかかる。

 歩けば魔物に当たる。たくさん、犬に当たる。

 この魔術の有効範囲はこの商隊の中心から360度半径100メートルの正円状。竜車の中では常にこの魔術が展開され、索敵を行っている。

 状況報告はその竜車付近の伝令係の仕事で、商隊をぐるり取り囲むように布陣された少女たちは迎撃が担当。カイルは前方の指揮車付近の迎撃担当だった。


 それにしても、四半時に一度とは。こんな頻度で討滅に当たっていては、身が持たない。

 ———それがこの待遇で4日目ともなれば。

 慣れているだろう騎兵の皆さんもげんなりに決まってる。

 今日はやけに遭遇率が低く今日はもう来ないという気がしていたが、そうは問屋が許さなかったようだ。

 余計なことを考える暇がないほうがありがたいと、そう思うことにしよう。


 ―――やはりあの隊長ぶっとばs・・・おっといけない、いけない。カル兄が泣いちゃう。胃痛とかで。



「―――休憩にはまだ早い―――ってね…」


 これはまた延長かと未来を憂いながら、少女は腰に下げていた鎌のように反った小刀を引き抜き構える。

 報告に現れた騎士は後方に2つの反応を察知したことを伝えていた。

 他にも間違いなくいるだろう。眼があった魔物はガルムだ。

 体長にして1メートルの犬型の魔物で若少なくとも3、4、多いと十数体ほどの群れを成して行動する。偵察の場合もあるため、逃げようとする個体があれば徹底してつぶした方が賢明というのが定石である。


 案の定、ガルムは気取られたと察知した瞬間、2体は別々の方向へ踵を返し草むらを逃走し始めた。

 しかし―――

 こちらが早い―――!


 蒼竜は騎竜の中でも最速を誇る種だ。五十メートル程度の距離を詰めるのにものの数秒。

 ガルムの背に追いつき、少女は竜の背を蹴る。宙を舞い、その背めがけて腕を振りかぶる。

 首筋を狙う鋭い斬撃は深く肉を断ち、一撃で魔物を絶命させた。


 少女は転がり、着地したところでもう一体を確認する。

 右手前方―——六十メートル弱―——草むらを脱し、姿をくらませようと林に向かうガルムを目視。

 駆け寄ってきた蒼竜から長銃を引き抜き流れるように構える。


 あまり高価だから使いたくないんだけど、不安要素はのこしたくないからね……!


 装填―——―—良し。

 風向き———―—追い風、良し。

 森に入る瞬間に狙いを澄ます。


 ―――――――、



 2―――――――、



 1――――――—



 ドッ。



 銃声が響きガルムの胴体をを撃ち抜い――—―



「―――っ!!!!!?????」


 《火炎(フィア・ネス)》の弾薬で炎上し、倒れた焼け焦げたガルムの傍らにひとり、

 少年が尻もちをついて倒れている。

 黒い服を纏った、年若い、自分と近しい年齢だろう男の子。


 少女の脳内が驚愕と動揺に満たされる。


 なんでこんなところに人!?――素材集めの冒険者か何かだろうか。

 それにしては装備が……。もしずれていたら間違いなくまずいことになっていただろう。

 木の陰で視認できていなかった。


 照準器ごしにその様子を見守る。傍から見るとけっこうシュールだ。

 少女が。

 周りに仲間がいないのが救いだ。絶対に、いじられる。

 蒼竜、主人が固まって動かないのに困惑。「何してるの?近寄らないの?」と少女の頭頂部を鼻先でつつくが気づかない。

 冷汗がすごいことになっているが、気づかない。

 必死に筒の景色をのぞき込んでいる。



 え……あれ……何……してるの? 剣を拾って? あれ……鞘に戻さないの……え………使う?

 ――でもガルムに素材としての価値なんてないはずよね……?

 牙? 骨? やだアタシが情弱なの…? え…ちょっと怖いんだけど…。

 あ…切った……。

 はい…皮をはぎ……ます………。

 肉を…削ぐ――。


 え、何?……え……それで………?―――口に………。


「―――――――」


 ――――――――ん?


「・・・・・・え?」


 え、待って、口って。まさか・・・、

 いや、それはそれはちょっと、まずいんじゃなぃ、え、、ちょ、、うそ!? ま、あーばばば!?

 バカーー!!? 待って待って待って「待ってまってまってまってええぇーーー!!??」




 走った。ものすごい走った。銃を放り出して全力疾走した。蒼竜はびびってしばらく震えてた。


 そして叫んだ。




「「「はやまらないでえ゛え゛ええェぇぇーーーーッッ!!!!!!!!」」」




 シンはあまりの迫力に金縛りにあい、突撃の衝撃にありつこうとした肉と取りこぼし、そこを捕獲されたのだった。

 目の前の獲物が爆発してもきょとんとしてたくせに。


 少女の身を挺した所――もといお陰により、生まれて数時間で食あたりして天国に強制送還というベリベリショートストーリー的なものにはならなくて済んだ。


 シンのはじめてのヒト種との出会い。

 そしてシンの大切な仲間のひとりとなる少女との、けっこう。けっこう鮮烈な、はじめての出会い。



 そのあまりの必死の様をシンはのちにこう形容するようになる。

 ”怒鳴り殺す鬼の所業”と。


 めっちゃ怖かったです。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※  ※  ※   ※ ※   ※  ※




 一方、その頃の商隊―――


「ん? なんか今、怒号みたいなのが……」


「え? ガルムの雄たけびじゃなく?」



 

精霊は外せない…!属性も、もちろん外せない…!

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