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黒き死神の英雄譚  作者: 暁緋
第一章 死の国Ⅰ
3/7

プロローグ『落ちた少年』

宜しくお願いします…!

 

 宙を漂っているような感覚と、穏やかなまどろみの中にその意識は漂っていた。


 ―――――シン————―—。


 呼ばれたような気がして、ゆっくりと目を開ける。

 その声が誰のものかも、分からない。


 しかし、優しくも凛とした、ひどく懐かしさを覚える声だった。


 シン———


 それは、自分のことだろうか。



 白んでいた視界が徐々に色を帯びていく。


 そこには声の主はいない。


 空の青、広がる草花の緑、白、黄色、ひとつひとつを確かめるように少年は目を動かし、認識する。



 平原――――。



 高い木々もなく遠くまで見渡せる平原。

 ひんやりと吹き渡る風は心地よく、甘い花々の香りを運んでくる。

 その中に、どういうわけか自分はひとり立っている。

 その景色は決して悪くない。


 だが――――、

 しかしだ。少年にとって、


 今、それは、問題では、ないのだ。


「————―—・・・・・・ん・・・」


 腕を組みもう一度目を閉じ考えを巡らす努力を試みる。


 ”どういうわけか”、というのも奇妙な話だが、ぶっちゃけ、この少年には全くの身に覚えがない。

 どうしてこうなった、状態の黒髪の少年の姿がそこにあった。

 この状況を理解する必要がある。


 少年はあくまでも冷静。


 その意識が目覚めた瞬間、倒れていたわけでもなく、確かにそこに立っていたのだから、

 何かしらの目的があってここに自分はいるはずだ―――思い出そうと試みる。


 目的————―——分からない。

 ここはどこ————―—分からない。

 どこから来たのか————―—分からない。

 何をすべきか—————分からない。




「…………。」




 あっけなく、あっさりと心の中の自問自答は終わる。

 分かるのは、


 何者なのか——————”シン”、という存在、

 というだけ。


 そう結論づけた。



 理不尽――――と思うこともなく、

 

 シンはその現実を受け入れた。

 これ以上考えたところで変わらないだろうと。

 無機質に、何の葛藤も、躊躇もなく、そういうものなのだと受け入れた。


 ”今、ここに生み落とされた” という、根拠のない自覚が降って湧いたがために一切の思案は無駄であるとしれたのだ。


 しかし、彼が思考を止めたのにはもう一つ理由がある。

 

 いやむしろこちらが本当の理由といっていいだろう。

 紛れもない、




 ——————空腹。



 そう、おなかがすいたのである。




 ………それでいいのかお前、

 とツッコみたいところではあるが、それをこなしてくれるような人物はまだいない。一人として出会っていない。 


 本能が勝ったのだ。もはや仕方がない。


 ここに一つ、当面すべき(・・・)こととしてこの欲求を満たすという、初めての目的が据えられる。

 シンはよく言えば絶景、悪く言えばただこの上なくダダっ広い平原をとぼとぼ歩き始める。


 なぜもっと人間のいそうな場所に……であるとか

 なぜ空腹の状態で生み落としたし……であるとか


 通常であれば不満たらたらであるが、彼にはこれが現実。

 不満を抱く、という感情がない。



 そして口に入れられそうなものを探し始める。

 色としても質量としても彼の食欲を誘うような類のものを、この周辺には見て取れなかった。


 この時のシンの心情は、

 ――この感覚のままでいるのは、なにやらまずい。つらい———ということ。



 シンにとってはこの空腹という感覚すら初めて。

 それを表す言葉の文字も、響きさえ知らない。

 文字通りの、生まれた(・・・・)ばかりなのだ。

 

 記憶喪失、言葉の喪失、自己の喪失。


 だが、全てがないわけではない。


 体の動かし方は分かっている。

 あの”shin”という響きが自分のことであるとも、漠然と分かる。



 全てを失っているわけでは――ない。

 むしろ別に、与えられている。……負わされている。



 そんな曖昧で、歪な彼が、自身と同じ人間という存在に出遇うのは、

 存外―――時間はかからない。




 シンは草をかき分け進んでいく。

 一歩一歩進むごとに少し遅れてカチャ、カチャと左腰に吊り下げた得物が音を立てる。

 そのリズムに興味を傾けながら。



 彼という存在が、この世界にとって如何なる意味を持つのか、彼はまだ知らない。



 どこかに何かを抱えた、たくさんのものたちがいる。―――永遠を憂うものがいる。裏切りを悩むものがいる。復讐に身を窶すものがいる。己の弱さを悔いるもの。闇の中を泳ぐもの。果ての不運を嘆くもの。運命と諦めたもの。運命に抗うもの。持たざる者。堪えるもの。慄くもの。待つもの。急くもの。争うもの。たくさんのもの、もの、もの―――。




 これは、


 彼が、人と出会い、絆を紡ぎ、


 時に誰かと喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、悲しみ、憎しみ、恨み、羨み、嫉み、庇い、許し、認め、信じ、繋ぎ、守り、恋し、愛し、泣き―――喜び



 ―――最後に、誰かを、


 世界を、平和に導くための物語。






 ――――その頃、同平原を、小規模の商隊が騎士の護衛を引き連れて、街道を駆け抜ける。


 蒼き竜に跨り、駆ける―――――少女はひとり、空を仰ぎ見た。




次回、ヒロイン登場です。

しばらくは狭い世界で基礎教養。

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