~聖仙都学園物語~
一気書きしてみました。
甘酸っぱい系だと感じていただけたら幸いです。
誤字脱字のチェックは一応しましたが、発見した場合は教えていただけるとありがたいです。
「恵人様だ……」
中学3年生の夏、わたしは夢の世界の人間になっていた事を知った。
クラスメイトのバスケ部に誘われて訪れた市の体育館では全国中学生バスケット競技大会の地方予選の決勝戦が行われていた。
今年はくじ運に恵まれたと言う友人の言葉通り決勝まで進んだ我が校の相手チームは「聖仙都学園」
そこにはゲームの中の彼らがイキイキとバスケットをしていた。
「どうして、なんで…」
混乱する頭の中で現状を必死で整理する。
5番の名前は【藤ヶ丘 功輝】
6番の名前は【志路原 颯馬】
7番の名前は【久遠寺 壱】
8番の名前は【朝夷名 真太郎】
そして、あの4番はどう見ても【塔堂院恵人】
彼ら5人はあの超人気ゲーム~聖仙都学園物語~のシーズン2の攻略対象達だ。
ただし、私の知っている彼らより顔つきは少しだけ幼く体躯もまだまだ華奢に感じるのはゲーム上の時期が高校2年生の1年間だからだろう、彼らは今中学3年生。
そう、物語が始まるのは2年後、まだ時間はある。
「嘘みたい…」
この時の私はきっと満面の笑みを浮かべていたはずだ。
月曜日には悩んでいた進路希望を出せる。
第一希望は「聖仙都学園高等学校」滑り止めは受けない、必ずあの人の瞳の先に映って見せる。
―――――――――――――
あの日、惨敗した母校の応援から帰ってすぐに母に頼み家庭教師をつけて貰ってから、早9か月…
今日は聖仙都学園高等学校の入学式だ。
両親や友人、家庭教師の先生にまで心配されるほどボロボロになっても勉強をした結果
わたしは希望通り1年A組のクラスに決まった。
聖仙都学園は今時の学校にしては珍しくクラスは偏差値順できっちりランクが分けられている。
もちろんA組が一番レベルは上だ
わたしは、どうしても攻略キャラのメインである恵人様こと【塔堂院恵人】と同じクラスに入りたかった。
ちなみにクラス内の名簿も偏差値順で、私は4番だった。
恵人様は1番のはずなので2名ほど間に人を挟むのは残念だが仕方が無い、これが私の今の実力なのだから。
受付で母と離れて教室に入るとA組は付属中学からの持ちあがりがほとんどの為かグループでかたまって座っている生徒ばかりで少し不安になった。
恵人様はまだいない
今日の座席は自由だとドア付近に居た子が教えてくれたので悩んだ結果、私は廊下側の前から3番目に座った。
たしか、恵人様は廊下側の一番前の席だったはず、そしてその後ろにはチームメイトの藤ヶ丘が座っているスチルがあった
不自然に空いている前2つの席は恵人様と藤ヶ丘の為に空いているのがわかる
わたしより後に入って来た何人かが一瞬2つの空席を見ては別の席を選ぶのは記憶が間違っていない証拠だ。
ほんとは隣の席に行きたかったけど、一番前をわざわざ選ぶのは違和感がある、目が悪いふりをしようかなとも思ったけど健康診断でばれる恐れがあるから諦めた。
まだ丸々1年ある。
2年生になるまでの1年間でどれだけ恵人様の特別になれるかが私の課題だ。
その為なら、きっと何だってできるはず。
そんなことを考えていると廊下から黄色い声が聞こえて来た。
クラスの女の子たちも頬が赤みを帯び瞳をキラキラさせている
声がどんどん大きくなる
今すぐ振り向いてしまいたい
でも、振り向いてはいけない
今のわたしは‘ まだ ’恵人様と出会っていないのだから、知りもしない人を待ちわびてソワソワしてるなんておかしい
教室のドアが開く音がした
彼の為に静まったかのような中で、大好きな声が聞こえた
「おはよう、久しぶりだな」
一拍おかれたと思うと教室中から彼に声がかけられる
「おはよう」「おはようございます」「今年一年よろしくお願いします」「塔堂院様と同じクラスで良かった」
さも今気付いたかのように後ろを振り向くと彼の青い瞳とぶつかった。
「っおはよう、ございますっ。」
想像よりずっときれいな瞳に動揺が声に出てしまった、それでも出来る限り冷静に笑顔で挨拶をした。
彼は一瞬、誰だっけ? というような顔をし瞬きをすると
「外部生か、おはよう。俺は塔堂院恵人だ、よろしくな」と小さく笑いかけてくれた。
「こちらこそ、よろしくおねがいします…向井汐莉です」
眩暈がしそうな程の幸せに満たされながら返事を返すと恵人様はしっかりと頷いてくれた。
のどがカラカラで心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかってくらいバクバクしている。
きっと顔は真っ赤になっているわたしの横を通って恵人様は廊下側一番前に腰を下ろした。
わたしは机の中に手を入れて誰にも気づかれないようにガッツポーズをした。
この日、確かに、あの塔堂院恵人のクラスメートにわたしはなったのだ。
彼の瞳の中に私がいた
幸せすぎる。
―――――――――――――
入学して2か月が経ち模様替えの時期になった。
わたしと恵人様の距離は朝と帰りのあいさつをするだけのクラスメイトだ。
残念ながらそれより上に発展はしていない。
ゲームとは違いセーブなんて出来ないので失敗しないように慎重に進まないといけない
なので過剰に話しかけたりは当然禁止だ
話は変わるけど入学して早々に気付いたのはこのクラスにバスケ部の重要人物が3人いる事。
【塔堂院恵人】と【藤ヶ丘 功輝】の2トップ、それと
「汐莉ーおはよう」
「あ、おはよう美織ちゃん」
このバスケ部マネージャーにして藤ヶ丘功輝の彼女、佐和美織ちゃん。
入学式の日に初めて恵人様との挨拶を成し遂げた私に最初に話しかけてきたのは藤ヶ丘だった。
「あのー僕、藤ヶ丘って言うんだけど君の名前って…」
「えっ、あっ、えっと向井汐莉です。よろしくおねがいします!!」
「あ、あーよろしく。あの向井さんいきなりで悪いんだけどとなりに席ずれてくれないかな?」
「えっ?」
「ちょっと何勝手なこと言ってるの功輝ってば」
「あだぁ!!」
ゲーム上の攻略対象であるイケメンの藤ヶ丘に話しかけられて一秒だけ浮かれたが、その後に言われた事には愕然としてしまった。
(どけって言われた…)
名前も知らない外部生を初っ端から邪魔者扱いする失礼な藤ヶ丘の背中を力いっぱいどついたのが美織だった。
「ごめんね、功輝が勝手なこと言って。大丈夫だから気にしないでそこに居て」
「だって」やら「でも」やら言い訳をしている藤ヶ丘を無視しし、戸惑っているわたしに笑いかけると彼女はわたしの隣の席に腰を下ろしハッキリとこう自己紹介をした。
「はじめまして向井さん、佐和美織です。そっちは藤ヶ丘功輝って言うのよろしくね」
特別な事は言っていないが藤ヶ丘の事を紹介した時の表情で気付いたのは彼女と藤ヶ丘の関係だった。
「あ、はい。よろしくね佐和さん。あのわたしやっぱり席変わるよ?」
「えっ!? やだいいよいいよ、別に遠くに離れたわけじゃないし」
「でも、その…2人って…」
「おー向井さん感が良いんだね―その通りー付き合ってますーそこのツンデレと」
彼女の気持ちを汲み取った上で席を替わると主張した私の言葉を遮ったのは、藤ヶ丘の間延びした声だった。
結局3人でグダグダした結果、やっぱり背が高いせいでいつも後ろか端の席にしか座れないと言う藤ヶ丘に同情したわたしが美織ちゃんと席を交換すると言う事で話がついた。
藤ヶ丘は輝くような笑顔で「向井さんいい人だねーありがとう」とお礼を言ってくれたし1つ横にずれたことで恵人様を見つめやすくなったので結果オーライだ。
え? 恵人様? 彼はずっと文庫本を読んでいた。 読書している姿もステキだ。 ようするにちっとも関わってこない。 残念。
ちなみに、この佐和美織という彼女は藤ヶ丘の隣に並んでもかすみもしない美女なのだがマネージャーらしくはきはきしていてしっかり者でもある。
正直、キャラに彼女!? どういう事!? と思ったが相手が藤ヶ丘なら問題は無い。
わたしにとってのゴールは恵人様なので気にしなかったし、名簿3番の彼女と入学早々仲良くなれたのは素直にうれしかった。ちなみに名簿2番は藤ヶ丘だった。
結局クラスでの座席は2日目に変わったがわたしと美織と藤ヶ丘は美織を真ん中に横並びになっただけで近くのままだった。
彼らとは日に日に仲良くなれたので独断で席を決めた担任GJである。
そして中間試験の結果が発表された今日、私の機嫌は最高だった。
「すごいね汐莉、2つも満点とっちゃうなんて」
「順位の変動は無かったし、化学と数学は90点取れてないから全然すごくないよ」
「えー、でも古典で満点はすごいよ、今回のは恵人でもダメだったのに!ほんとラストの難しかったし」
「えーへへ、そうかな? そんなに褒められると調子に乗りそう」
実際返されたテストでデレデレの顔を隠していたわたしの心臓が止まるんじゃないかと思う事が起きたのはこの直後だ。
「向井、ちょっといいか」
!!?!?!???!?!!?!??!?!
「けいっ、とあと、塔堂院君な、にかな?」
「ああ、古典の問4の選択の3つ目と最後の問題なんだが、答え合わせをしたい。良かったら教えてくれないか?」
「え、あ、う、はい。わたしで!! 良ければ!!」
連続でどもった、死にたいと思っているわたしを見つめて恵人様はその美しい瞳を瞬きさせながら吹き出した。
「ふっ、お前「わたしでよければ」って、学年で満点取れてるのはお前だけなんだからお前じゃないとダメだろ?」
お前じゃないとダメだ
お前じゃないとダメだ
お前じゃないとダメだ
―――――あぁ、わたし、もう死んでもいいわ―――――
うっかり握りしめてしまったテスト用紙を伸ばしつつ恵人様に解りやすいように精一杯解説する。
―――あ、恵人様の字キレイ
―――手もきれいだけど指はバスケ部らしく節がしっかりしてるんだなあ
とか、ガン見したのは多分ばれてないはず。
たった2問を出来る限り丁寧に教えた結果、恵人様はしっかり理解したらしい。
そして
「ありがとう、向井。」
と美しい笑顔を見せ颯爽と自分の席に帰って行かれました。
わたし、これからも必ず古典は満点を取ると誓います。
高校2年生まであと10か月…
―――――――――――――
毎日死ぬ気で古典を完璧に勉強していたらちょっとづつ恵人様と話す機会が増えた。
毎回「もう、死んでもいいわ」と思わされるのは仕様だと思う事にしたら緊張してどもる事も減ってきた。
ヒロインも帰宅部だったのを覚えていたし元々熱くなるタイプでは無いので部活動はやらない予定だったが美織と藤ヶ丘に勧誘されたのは7月の終わり
なんと、わたしがあのバスケ部マネージャーになった。
部員数は41人の大所帯に対してマネージャーが3年の先輩2人と美織しかいないのが気になっていたらしく、恵人様を中心にプレイヤーで話し合った結果、私を誘う事にしたんだと恵人様(と藤ヶ丘)に言われたら断る事なんかできなかった。
むしろ恵人様の「検討してくれないか?」の「いか?」あたりの語尾にかぶせ気味に「やります!!」って返事をしてしまった気がする。
藤ヶ丘の表情がこいつヤル気満々じゃんと言ってる気がした。
…………
そんなわけで入部してすぐに夏休みに入り、無事にIHを終え(大検討の全国ベスト4だった)一部を残して3年生が引退し明後日からは新学期を控えた本日、朝練のはじまる1時間前の朝8時に
わたしは体育館の倉庫に居ます。
何故かと聞かれれば、昨日の帰りボールが結構汚れていたのが気になったので練習前に磨くことにしたのが理由です。
キュッキュッキュッキュッキュッキュッ
15分ほど磨いて、そろそろ1つ目の籠が終わりそうだなと思っていたら
「あっれ~向井じゃんおはよ~さ~ん、はやいねぇ」
と、やって来たのは久遠寺 壱
ゲーム上の攻略対象者の1人で
今現在、彼女募集中のPFだ。
IHでも活躍していました、1年生なのに3試合くらい出てた。
彼は見た目のチャラさとは裏腹に朝昼晩とシュート練習をしている努力家でもある。
そんな描写、ゲームの時にはなかったけどスチルがあっても良かったんじゃないの?と思うくらい真剣な表情でゴールを見つめる彼の横顔はイケメンそのもの
ついつい見惚れてしまいそうになる…
って、恵人様には及ばないけどね!!
ちなみに意外だが恵人様は朝練はちょうどの時間にしか来ないし居残り練習もする日は少ない。
その代り家で自主練をしているらしいけど、久遠寺や志路原や朝夷名(2人共攻略対象)みたいに学校でしてくれればもっと仲良くなれる気がするのにと思ってしまうわたしの考えが残念だ、それでも1年の中ではダントツにうまいし早くも2年の新キャプテン直々の指名で副キャプテンに就任したし、ああでもスリーだけは久遠寺の方が…
そんな事を妄想していたら朝練前の連続スリー練習を終えた久遠寺が私の座っているベンチに来た
そういえば、この1か月で一番仲良くなったのは久遠寺だと思う
ゲームの時は恵人様とその他程度にしか思っていなかったが、今や美織ちゃんにも「仲良しだねぇ」と言われるくらいの友情レベルだと思う、それは久遠寺が結構な頻度で話しかけてくれるからなのだが、本日のこいつはいつものトーンでとんでもない話しをし出した。
「急かもしんないんだけど、向井ってさぁ」
「ん? なに?」
「恵人の事…もういいの?」
「なっ!? エッ!? なに、言って」
「いやー、最初は微妙だったんだけどホラ、恵人と椿のこと知った日から1週間くらい死にたいって顔してたから、やっぱ好きだったのかーって思ってたんだけど…なんか最近は吹っ切れたみたいにさっぱりした顔してたからもういいんかなーって?」
「なっ!? (気づかれてた…だと…)」
「あー、なんかごめん。掘り返しちゃったね?」
「えっ、あのいやそのえと、合ってるけど!! 違うよ!!」
「ぶはっ!! お前どっちだよ? てゆーか、動揺し過ぎだよ!!」
「う、うるさいな。」
「大丈夫だって、俺もビックリしたし、正直言うと」
「え?(俺もってどういう事?)」
「違ったら何言ってんだコイツって流してくれればいいんだけどさ、俺の知ってる聖仙都学園ってゲームだった気がしてるんだよね。」
「!?!??????!?!?!!!?!?!?!?」
「向井、やっぱりお前も俺と一緒か。【聖仙都学園物語】って言えばもっとわかる顔してるな」
「なんで、久遠寺がそのことを知ってるの…」
「俺の記憶だとさ、恵人も功輝も颯馬もタローも彼女は勿論好きな奴なんていなかったはずなんだよ」
「……うん、わたしの記憶でも一緒」
「…だよな、それに俺の知ってるあいつらの世界に佐和も椿もいなかった、向井お前もだ」
「…うん、バスケ部はマネも男子で、むしろ女嫌い?って感じで」
「そうなんだよなー、でも俺が知ってる限り功輝は中1の時から佐和一筋だし、恵人も颯馬も学年や学校は離れてるけど程よく調整して彼女とちゃんと向き合ってるタローは言わずもがなだし?」
「そうだね、わたしホントにビックリしたもん」
「だろー?」
「でも、むしろ当たり前だよねとも思ったの」
「? 当たり前って?」
「わたしが知ってたのか彼らの世界のほんの一部でたった1年間の中の断片でしかなくてそもそも彼らみたいなイケメンで良い奴らに彼女がいない方がおかしいって、だから最近わたしはこの世界は…」
「この世界は? なんだよ?」
「この世界は私の見てたゲームに似てるだけの別の世界なんだろうって!! 最初はキャラクターとして見てた。でも恵人様はファンクラブはあるけど特別すぎる事は無いしゲームよりずっと気さくに話しかけてくれたし、藤ヶ丘は恵人様の事を無駄にライバル視なんてしてないしずっと冷静に考えた行動してる、まぁ志路原君が熱血漢なのはイメージ通りだけど女が苦手な感じは皆無で私の事もスグに呼び捨てに出来ちゃうくらい頑固どころか柔軟性があったし、タロー君もサボりはしてるけど基本的にはあっちゃんと幸せそうにいちゃいちゃベタベタリア充してるし、それに久遠寺だって――――」
「俺は…なに?」
「久遠寺、だって」
「うん、俺だって?」
「全然、違う…」
「うん」
「ゲームの中の久遠寺は、あんたとは真逆だった」
「うん」
「あんたみたいにコツコツ練習なんかしないし、」
「うん」
「負けたチームに声なんかかけたりしなかった」
「うん」
「久遠寺の口癖だって、わたし一度もあんたからは聞いてない」
「「俺自身が才能だから」だっけ?」
「あんたは、いつも…いつも足りないものを補えるのは練習だけだからって…」
「どっちも恥ずかしさで言ったら同じくらいか?」
「久遠寺…あんたは、だれなの?」
「うん、俺は青山樹」
「あ、おやま?」
「おー」
「青山ってあの青山?」
「どのだよっ!?」
「久遠寺壱の声優だった青山樹なの?」
「――――うん、そうだよ。」
自信満々で明朗で無邪気なキャラのはずの彼の声は小さくかすれていて
誰もいない今だから聞き取れた
―――やっと、わかってくれる奴が来たと思ってた、ずっとお前に会いたかった―――
そう言ってとっくにボール磨きを中断していたわたしの左手を大きな手が包んだ。
この世界に来れて
最初はただただ嬉しかった
聖仙都学園に入る事が出来て
ずっと恵人様を見つめてた
たった数か月の恋だったけど
きっと、あれは憧れだった
恵人様の事は今でも大好きだ
でも、今わたしは
隣で眉間にしわを寄せて泣き出しそうなのを我慢している
となりの彼を抱きしめて
「遅くなってごめんね」と
「待っててくれてありがとう」と
「わたしもあなたに会いたかった」と
伝えたいと思ってる
この感情は
愛なのかも
しれない
完
―――――――――――――
ふっと思いついて、下書きも何もせずに書いてしまいました。
長編にすることも考えましたが、今回はここでとりあえずは「完」としておきます。
読んでくださった方、ありがとうございました。
読了いただきありがとうございました。