徒歩
自分の唇が溢す擦れるような息に、自分が今笑ったのだということを知る。
くすり。
くすくす。
止まらない。
あぁ、消し去ったと思ったのに、君はこんなところに痕跡を残すのか。
視界。映していたのは、新しくできたカフェのメニュー表。ランクを付けるように店内を横目でちらり、価格帯と雰囲気の調査。
嗅覚。春の匂いがする。いつもいつもそう言っていたから、そんな気がするだけだ。犬のような君だった。
長い黒髪も。
手入れしている爪も。
君を思い描きながら買った服を着て。
君と過ごしていた時を辿るのだ。
足を踏み出す。躊躇う。踏み出す。
あぁ。
これだけ君を抱えたまま。
別の誰かのために笑うのか。
あぁ。
君をなぞりながら。
そのうち君のことを忘れるのか。
あぁ。
躊躇していた筈なのに。
あぁ。
私は。
何も気づかずに。
何も思わずに。
あっさりと、足を踏み出したのか。
別に後悔はしていないので悪しからず。