static electlicity
作法も何もなっていない拙作ではありますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
頭に下敷きを擦り付けて髪の毛を逆立てるという遊びは、皆さんも一度はやったことがあるかと思う。
湿度の低い冬は静電気が物や体に溜まりやすい季節だ。
今や俺たちは生活のいたるところで、静電気に関する物を見ることができる。
自分で給油をする方式のガソリンスタンドでは、静電気を身体から除去するためのゴムのような物が設置されている。万が一燃料に引火しては大惨事だからだ。
雷も静電気による放電現象であるらしい。そこへ行くと『静』電気という名称は少々似つかわしくないようにも思えるが、別に『静かな』という意味でその字が当てられているわけではないのだし、俺のこの考えは全くの見当違いということなのだろう。
こんな例もある。
フリース素材の服に女性の長い髪の毛がくっついてしまう、という現象だ。
「え? やだ、キモい! 離れてよっ!」
「……」
嫌がられて傷付いたりすることもしばしばである。
自然現象は防ぎようがないだろう。
ともあれ、そういった様々な不慮の事故が起こる可能性、危険性を、冬と言う季節は孕んでいる。
それに関してはもう疑いようがないし、仕方が無い。
しかし、ここで俺が問題提起をしたいのは、そういった事故による負の影響は、所謂イケメンには起こり得ないということだ。
先ほどの『服に髪の毛がくっついちゃう』の事例を検証してよう。
「あ、あー……ごめんね。髪の毛長いから、ほら、静電気で……」
「あ、いや、いいけど……大丈夫?」
「う、うん。困っちゃうよね、静電気……」
どうだろう。
実際とは違うのかも知れないが、少なくとも嫌な気はしないのではないのか。
むしろ「ずっと気になってた彼と話すきっかけができてラッキー」くらいのことは思っているかも知れない。
あるいは、ふと何か金属製の物に触れて『パチッ』とやっただけでも、
「痛っ!」
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ、うん。ただの静電気だから」
などという事が起き得る。
何と言う理不尽。何と言う不条理だろう。
「以上から、俺は静電気という存在を嫌悪します」
「何言ってんのお前」
一蹴された。
おかしい。俺の理論は完璧なはずだ。
「そんなことばっか言ってるから彼女の一人もできないんだよ」
「な、何をっ!」
「つーか結局僻みじゃん」
「くっ……!」
確かに。
だが俺たち非イケメンは、そういった行為でしか自我を保てない、悲しい生き物なのである。
「情けない……」
「うるせえ! 持てる者には持たざる者の気持ちなんてわかんねえし、モテる者にはモテざる者の気持ちなんて分かりゃしねえんだよ!」
だが何故俺がそのような罵倒を受けなければならないのか。
悪いのは俺ではない。そうだ、俺は正しい。正しいのだ。
「よく考えろよ……さっきの理論だとお前の嫌悪すべきは静電気じゃなくてイケメンだろ」
「お前は何も分かっていない! イケメンは嫌悪しようが批判しようが、絶対に世間が味方につくんだ!」
「そりゃそうでしょうが……僕だってお前の味方しようとは思わないし」
「しかもめちゃくちゃ良い奴だから、奴ら自体に対しては負の感情を抱けないんだよ!」
「いいことじゃん」
これで性格が悪ければ、思う存分恨む事もできよう。
だがイケメンは人格者であるが故にイケメンなのだ。
「だから俺は、イケメンに味方するすべての事象を嫌悪する!」
「屈折してるな……」
嫌な物を見たとばかりに目を眇め言うのは、俺の長年の友人。好敵手と書いてライバルと読み、強敵と書いて友と読む、唯一無二の存在だ。
『僕』という一人称に不似合いな口調は俺の影響だと、奴は嘆いていた。そんなことを言えば俺は、一時期ずっと付き合わされたゲームのお陰で、視力が落ちた。お互い様だろう。
「友だち無くすぞ」
その幼馴染が非情なことを言う。
そう言う時の俺の返事は、大体決まっているのだ。
「無くす友だちが居ない」
「そういう問題じゃないんだよ」
そう、こういう会話ができるのも、何年も歳月を共有し、様々な苦難を共にしてきた成果と言えるだろう。
「はっ! ま、まさか、お前……。ち、違うよな? そうじゃないよな?」
「違うって。今さらやめねえよ。腐れ縁とは言え、楽しい奴だしな」
的外れと言われ、一瞬こいつまでもが俺から離れるのかと思ったが、そうではなかったらしい。
かなり焦った。
「……お前、変なところで素に戻るなよ。調子狂う」
「だってびっくりするだろ! 急にあんなこと言われたら!」
会うのが久々なので、昔の感覚が戻ってこない。チューニングには時間がかかりそうだ。最後に会ったのはいつ頃だったか……。
「はいはい。すみませんね」
手をひらひらさせ、俺の言葉を受け流す。
前を向いたままの顔は、今さら褒めるような気持ちの悪い事はしないが、中々整っている。スタイルも良く、タイトなパンツに暗い色のコートを上手く着こなしていた。
こいつに拒絶反応が出ないのは、その性格が原因だろうか。これも長年連れ添ってきた成果か。それとも……。
しばらく見ていると、怪訝そうな視線が返された。
「……何じろじろ見てんだ?」
「いや、神様は不公平だなあ、と」
「なんだそりゃ」
苦笑いの形に歪められた口から、白い息が漏れ出る。
ふと見回すと、年末だと言うのに街は沢山の人でごった返していた。
「みんな暇なのか?」
「僕らが言えることじゃねえだろうが」
そんな事を言い合いながら、人混みにその身を投じて行く。
確かに人の事は言えない。家に居場所が無いので、外に出てきただけなのだから。
高校二年生の冬と言う微妙な時期、それも、親戚が一堂に会する年末。
自室でずっと無聊を慰める訳にも行かない、というだけの理由で呼び出されたこいつとしては、いい迷惑だろう。
さて。
そうでなくとも、外に出る用など無いのに、暇を潰す方法を知っている訳もなく。
「 買い物でも行くか? 年末年始は何かと物入りだろ」
結局、この格好の良い幼馴染に頼る事になる。
「そうか? 俺何か買わなきゃ行けねえようなもんあったっけなー」
「財布変えたら良いって言うよ」
「財布を買えばそこに入れる金がなくなる」
悲しそうな顔をされた。
俺の肩に手が回される。
「何か、食いに行くか? 年末だし、今日くらい……」
「哀れむんじゃない! 俺は後悔していないぞ。その金はしっかり、日本の次世代を担う世代に託してきたんだからな!」
「どうせ二次元の同人誌か何かだろうが! それに年齢的な事を言ったら、お前だって十分日本の将来背負ってるよ!」
人混みに負けない声量で、舌戦を繰り広げる。
周りからの目が痛い。
「全く……じゃあ、手帳は?」
「ぼっち舐めんな」
手帳など、ほぼ真っ白なまま新年を迎えるに違いない。
何故、悲しい現実を見るために金を払わねばならんのだ。
「遊び以外にも予定は色々あるだろ、この引きこもり」
歩きながら再び冷たい目線が送られてくるが、今度は向こうも衆目を気にしてか、そうとしか言わなかった。
「……年賀葉書とか」
「お前なんか嫌いだ!」
人の波をかき分け走り出す。
説明が必要だろうか。
悪意しか感じられない。
「悪かった! じ、じゃあ、カレンダー! カレンダーは要るだろ⁉」
「……まあ」
渋々奴の元へ戻る。
カレンダーは確かに必要だ。
「よし、気を取り直して買いに行こう!」
かなり時間がかかったが、今日の目的が決まった。
店内には女性シンガーの声が大音声で鳴り響き、可憐な少女のイラストがそこここに飾られている。
平積みされたノベルスの上には、アニメ化を告げるコマーシャルが延々とリピートされるモニタ。
「カレンダー買うんだよな?」
「ああ。そしてカレンダーと言えば虎穴……」
「虎子を得ようとしてんじゃねえ! そりゃ居場所なくなるわ!」
「ま、まさかお前、メイト派か?」
「派閥とか知らないっての……」
奴は呆れたように首を振り、
「好きにすれば?」
と、あらぬ方向を向いた。
その様子に、俺は小首を傾げずにはいられなかった。
「あれ、来ねえの?」
「待ってるから。行って来いって」
こちらを見ようともせず言う。
実のところ、こいつがこういう反応を見せるのは初めてではないのだ。ずっと前に一度、ここと同じような場所ーーいや、ここだったかもしれないーーに行った時も、奴は最後まで入ろうとしなかった。
やはり一般人には免疫が無いのだろうか。
幼い頃から一緒と言っても、趣味まで同じというわけでは無いのだ、と再認識する。
カレンダーを買うならここ、と安直に決めてしまったが、こいつが嫌がる可能性を失念していた。
「……じゃあ、今日はいいわ」
「は?」
俺の言葉がそんなに意外だったのか、振り向いて眉を顰める。
「いいって、何だ? それはどういう意味だ?」
「いや、言葉通りだよ我が好敵手」
戸惑いを隠しきれていない表情に、俺はニヒルに笑いかけた。
これ以上迷惑を重ねがけする理由も無い。
「単に今日は日が悪いから出直そうってだけの話だ。行くぞ」
そう言って正面から肩に手をかけようとした。
すると、一瞬、破裂音が鳴り、指先に針でさしたような痛みが走る。
静電気。
「痛っ……す、すまん」
「ああ、いや、大丈夫だ……うん」
どうやら、耳と接触した時に発生したらしい。
内心で軽く舌打ちをする。
何もこのタイミングで、と。
やはり俺は自然現象にも嫌われているらしい。
妙な距離感を残したまま、次はゲームセンターに行った。
俺は普段やるアーケードの筐体から距離を置き、UFOキャッチャーに手を出して、痛い目にあった。
次は書店に行ったが、あまり話は膨らまなかった。俺がコミックスの棚に居ると、奴は所在無げに髪の先を弄っていた。
先ほどまでとは打って変わって、何を言っても手応えがない。
理由は簡単だ。
こいつは俺の知らない間に、俺とは違う人間になっていたのだ。
当たり前だが、貧弱な俺の語彙ではそうとしか言えなかった。
全く違いが無く、親さえ間違った幼少期から、外見も行動も、趣味も、何もかもが違ってしまった。
互いが互いにとって、全く未知のものになってしまったのだ。
個性が出た、と言えば、それはそれだけの話なのだろう。
今にして思えば『昔から一緒にいた』というその事実だけが、俺たちを繋ぎ止めていた鎹だったのだ。特にここ最近は、たまにメールをするくらいで繋がりなど無いに等しかった。
せめてもっと会って、もっと話していれば、もっとマシな関係が築けたろうに。
何の厚みも、何の意味も無い。
何のために一緒にいるのかも分からない。
こんな友だちごっこに付き合わされたこいつとしては、本当にいい迷惑だろうと、隣りに座る幼馴染を横目に見る。
俯き加減なその顔からは、一体何を考えているのか検討もつかない。
傍から見れば、喧嘩でもしたかのように見えるだろう。実際、駅前の花壇に腰掛ける俺たちは、道行く人たちの注目の的だった。
日は沈んでも、人は一向に減らない。今は太陽の代わりに、イルミネーションが街に灯りをともしていた。毎年この季節になると、松の内が終わる頃まで、街は色とりどりに飾り付けられる。
「あー」
何となく気まずくなって、不意に声を出すと、奴がこちらを見る。
「今日は悪かったな。計画もなく急に呼び出して」
「確かになあ。次はちゃんと予定立ててから呼べよ?」
冗談めかして、微笑みながら言う顔は、赤や青のLEDライトの光で照らされ、ある種幻想的ですらあった。
直視できない。
「わ、悪い」
「あー……別に責めるつもりじゃないんだ。ごめんな」
責める気が無いことは分かっていた。だが、それでも罪悪感を感じずにはいられないのだ。
謝りたいのは、こっちの方である。
「悪いな本当……付き合わせて」
「だから気にするなって。また今度一緒に、カラオケでも行こう」
その場面を想像して吐き気がした。
どちらにとっても拷問だ。
「ああ、そうだな……」
断る訳にもいかないので、そんな風にしか返せなかった。
「あのな……良い加減にしろよ!」
何か琴線に触れるものがあったのか、奴は急に立ち上がる。
「お前から連絡が来た時、僕がどれだけ嬉しかったか知らないだろ! なのにお前はなんでそんな暗いんだ! 僕だけか!? 僕が勝手に浮き足立ってただけなのか!」
俺は次第に熱を帯び、早口にまくし立てる幼馴染を、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
「ずっと一緒に居たのに、急に遠くなるし! かと思えばまたお呼びがかかるし! どんなテクニシャンだお前狙ってんのか! しかも今度は急に落ち込んであーだこーだ言うし!」
「お、おい、とりあえず落ち着け。人目を気にしろよ、らしくない。話なら、俺の家でゆっくり……」
「この時間に僕を家に招く意味を理解しろ馬鹿! 非常識だろうがこの童貞!」
「……じゃあお前の家か? 今からだとおばさん迷惑じゃないか?」
「そういう問題じゃない!」
要領を得ない言葉に、俺はまごつくしかなかった。不安と少しの苛立ちが、俺の中に同居している。
子供の頃から、こいつは怒ると訳が分からない事を口走る。何に怒っているのか、腰を落ち着けて話をしなければ見当も付かない。
「あーもう苛々するなこのっ」
いきなり足を踏まれた。
痛いが、我慢だ。
ここで俺もキレてしまえば、結局俺が奴の気の済むまで殴られて終わりだ。長年の経験から、俺はどうすれば良いのかを知っていた。
俺はあえて踏まれた足を退けず、立ち上がって肩を掴み、逆に座らせた。
そして、目線が合うように屈む。
「落ち着けって。みんな見てるぞ。とりあえず何が気に入らなかったのか教えてくれ、な?」
「くっ……ぬっ……!」
奴は俺の拘束から逃れようともがいていたが、やがて無駄と知ったのか、代わりに俺を真っ直ぐ睨み付けた。
「……謝ってばっかだったから、苛ついたんだよ」
「それだけか?」
目を見返しながら言うと、手の中で一瞬、細い肩が強張った。
それだけではないはずなのだ。こいつはその程度で怒るような奴じゃない。
腐っても16年間の付き合い。互いについての多少の理解はある。
「……それだけだよ」
目が逸らされる。
「本当に?」
俺が聞くと、奴は何か思案するように、一点を見つめた。
そのまましばらく、俺は一言も発さず、次の言葉を待った。ここで急かすのは逆効果だろう。
空気がどんどん冷え込み、指先の感覚が薄れてくる。眠らない街。眠らない人々。ずっと待っていると、駅前の喧騒もどこか遠くに感じられた。
白い溜息が、奴の口から漏れた。
「伊達に16年間一緒に居ない」
俺のようなことを、こいつは言ったのだった。
「お前はーー君は、僕の事見てなかったけど、僕は君の事、ずっと見てた。お君の考えてる事なんて、全部お見通しなんだよ」
一呼吸置いて、奴は滔滔と喋り出す。
「……ああいう、君の行くような店に行くのが嫌なのは、君が僕を見ないからだ」
「え?」
「本屋でだって、僕のことよりも可愛い女の子の漫画が大事みたいだった。それが嫌だったんだ」
ぽつぽつと、躊躇いがちに言葉が紡がれていく。
「な、何を……?」
「後、確かに話題はあんまり無いけど、僕は君の話だったら、基本的には何でも面白いんだよ。それに、自分を卑下するようなこと言うけど、僕は君の良いところいっぱい知ってる。君が一番自覚しなきゃいけないのは、自分が鈍感だっていうことだよ」
奴は悲しさと呆れと怒りがない交ぜになった顔で尚も言いつのり、俺はそれを、黙って聞いているしかなかった。
「君は碌に僕の事見てこなかったけど、今日ちゃんと気付けたろ。だったら、なんでそこで絶望したような顔するの? これから作ってけばいいじゃんか、関係なんて」
俺は思わず目を見開いた。
奴は俺の内心の不安も、無意識の危惧も全て言い当てたのだ。
そしてその上で、その一つ一つに答えが示された。
正しく、お見通し。
俺などよりよほど相手の事を分かっていて、考えていて、理解している。
俺が虚しく費やしたこいつとの時間を、こいつはもっと有意義に、意識的に過ごしていたのだ。
「君の関心が僕に向けられてないことも分かった。でも根本的な所は小さい時から変わってない事も分かった。君は何も分かってない。『僕が君の事を理解している』ということを、君は分かってない。二人とも相手の事を分かってない? そうじゃない。分かってないのは君だけだよ」
その通りだ。
俺は何も分かっていなかった。
何一つ、分かっていなかった。
「もう待ちくたびれたんだ。だからもう待ってなんかやらない。君が僕に興味なんて無くても、無理矢理にでもこっちを向かせる」
無意識なのか、息が互いにかかるほどの距離で、奴は俺と視線を合わせていた。
奴の声は潤みを帯びていて、目には水滴が溜まってきている。大きい目が瞬きをし、長いまつ毛が小刻みに揺れた。上気したように朱い頬が、白い肌にアクセントを与えーー。
ーーあれ、そう言えばこいつ、こんな可愛かったっけ、なんて。
俺は今さらのように、場違いにも、思うのだった。
急に、目の前にある幼馴染の顔が可愛く見えてきて、俺は驚愕した。先ほどまで何とも思わなかったこの距離も、今は恥ずかしい。
仄かに俺の鼻をくすぐる甘い香りは、リップクリームか何かだろうか?
外見すらも満足に観察していなかった自分に、良い加減嫌気が差す。
俺は唾を飲み込み、乾いた喉を潤して、
「どういう、意味だ?」
その一言を、やっと絞り出した。
「どういう意味?どういう意味かって?」
そう言って、彼女は尚も言葉を重ねようとしたが、思い直したように口を噤んだ。
冷たい風が俺たちのあいだを抜けて行く。
彼女は口を開いた。
「……いいよ、教えてあげる。こういう事だよ」
彼女が立ち上がる。何事かと思っていると、出し抜けに彼女の顔が近付いてきた。
パチッ
俺は無様に尻餅をつき、彼女は花壇に座ったままうずくまる。
「痛っ!」
「つぅ……」
刺すような痛みに、俺は唇を押さえた。手に起こった時よりも痛みが大きいーー唇?
俺は我に返った。
唇、静電気、幼馴染。断片的な情報を寄せ集める。
彼女を見ると、同じように唇を押さえて悶えていた。
俺が一つの解を導き出すと同時に、
「ああっ、もう! 格好付かないな!」
耳まで真っ赤にした彼女が飛び起きるように立ち上がり、駅へと走り出す。
咄嗟に追おうとすると、彼女は振り返り、
「お前が悩みを僕に打ち明けずに、しょぼくれた顔して謝ってんのが気に入りませんでした!ーーその静電気の意味が分かるまで、口聞いてやらないんだからなっ!」
と叫んだ。
そのまま彼女は走り去り、俺は駅前に取り残された。
俺は、しばらく放心したように花壇に座っていた。
「静電気の意味……」
彼女の残した言葉を、口の中で呟く。先ほどまでのやり取りを思い出して、俺は思った。
口調も、本来ならもっと女子女子したものなのだろう。最初男のようだったのは、俺に合わせていたのかもしれない。
そして最後までーー途中危うかったがーー突き通した。
気を遣わせた。
それに気付かず、甘えていた。
「あーもう」
俺は頭を抱えた。
そうじゃない。
そうだけど、そうじゃない。
今すべきは後悔じゃないだろう。
俺は冷たい花壇から立ち上がった。
俺は彼女との関係を、改めねばならない。
あんな事をされて黙っているほど、俺もへたれてはいないのだ。
彼女の言葉に、行動に、応える責任が俺にはある。
人でいっぱいの駅に向かって歩き出す。
唇にはまだ微かに痛みが残っていて、感触など無い。味もしない。
だから、これはノーカンだろう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
よろしければ。
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