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第9話


 …知られてしまったな。

 犬神はその理由を知っているようだが、自分で思い出さなければ意味がないだろう。

 自分のことなのだから…。


 だが、奇妙なことも言うものだ。


 『短い人生。後悔せぬよう生きろ』


 犬神にとっては人間の人生など儚いものだろう。

 だが、そう言う意味でもない気がするのはなぜだろうか?



 この時はわからなかった。

 いや、わかるはずもなかった。

 犬神の言葉の本当の真実、そして、もっと深い意味を………。

 そしてそれが。自分の決意を揺らがせていることに……。

 気付くわけがなった。

 それは、海ならば深海の中の深海……。

 その中にある微かな記憶の欠片だったから……。



 その屋敷には囲いがなかった。

 いや、囲いがいらなかったのだ。

 その屋敷の建っているひとつの山。

 その屋敷の主は、山の主でもあるからだ。


 そんな、庭のような、森のような庭で静かな空気に浸りながら本を読んでいると、屋敷のベランダから声がかかった。

 顔を上げれば麗がこちらを覗き込んでいた。

 その後ろには先程麗の連れていた男が立っている。

 真面目とも遊び人とも取れない顔だった。

 背の高さは自分と同じぐらいだろう。

 有名私立高校の制服を着ているから家が金持ちなんだろうなと思い描ける。


「こちら、木佐貫静流君。で、話した龍法寺鈴」

「はじめまして」

 そういって軽く頭を下げた静流の目を見て、この男なら麗を任せられるだろうという思いが浮かんだ。


 麗を見る目がひどく優しいのだ。

 それが偽りならば、自分の見分ける目も落ちたものだと思うのだが、かばった時といい、その優しい瞳は変わらない。

 この瞳はいつまでも変わらないのならば俺は麗を預けることが出来るだろう。

 麗が選んだのなら文句は言わないでおこうとは思うが……。

「----……木佐貫……、静流……?木佐貫物産か。まあ、親と子は関係ないな」

 一瞬にして静流の気配が変わった。静かで優しさを含んでいた空気から一気に緊張した空気へと変わる。


 木佐貫物産--。

 この街では有名な会社である。

 有名会社であればあるほど、表もあれば裏もあるというように、裏の噂も絶えない会社となってしまっている。

 空気が変わってしまったのは、真実を知っているからだ。

 裏事情を----。

 だからこそ、この者は気づかれることを嫌う--。


「……同じ苗字はよくあるとは思うんですが……」

「苗字はあるが、氏名とも同じ者はいないな。しかも、顔も同じと来ているからな……」


 事実、有名会社の息子は注目されやすく、雑誌にも取り上げられやすい。

 知る者にとっては、ある意味有名人なのである。


 本人にとっては嫌なことのか、気分を害したまま、空気も張り詰めていた。

「……それほど名が嫌いか。まぁ、俺も麗もそんなことは気にしないがな。今の俺たちに親の存在はどうでもいいことだからな。」


 そういって、張り詰めた空気を醸し出す静流から視線をはずすと口を開いた。


「親の人生の中に子供がいて、子供の人生の中に親がいる。

 だが、俺にとってはどうでもいいことだ。麗がどう思っているかは麗自身に聞くことだ。

 したければ、反発すればいい。その反発で血のつながりがなくなることはない。

 親の人生、お前の人生に、かかわりがあったことは変わらない----。」


 鈴が口を閉じれば、張り詰めた空気を退けるように風が吹き抜けて、周りにある木々から声が聞こえた。


「--……しゃべりすぎた……。今日は出かけるからまだゆっくりしてって良いぞ」


 空気が和らいだ事を待っていたかのように、麗の頭を撫でた後、鈴はその場を後にする。



 広い庭に残された二人--。

 麗は少し困ったような呆れ顔で見送り、静流はただただ呆然としていた。


「……驚いた?いや、呆れちゃったかな。でも嫌わないでね。あれでも私には必要な人だから……」

「……――は俺か……」

 どこも見ていないような瞳で、漠然とした呟きが聞こえたことに麗は顔の前で意識を確認するように手を振った。

「…………え、あ、ごめん」

「……どうしたの?」

「……いや、俺は俺なんだなって……。逆らっても、親である事には変わりないんだよなっと思って……」

 麗は笑った。どこまでも澄み渡る海のような優雅さで……。

 鈴が言う事を受け止めてくれてよかった。

 鈴は本当は口数が少ない。いや、少ないというわけではないか。

 ただ、どこか要領を得ないのかもしれない。

 言葉を受け止めないとその言葉の意味もわからない……。

 受け止められない者は鈴を嫌う。

 嫌って、耳を塞ぐようになり、言葉に耳を貸さなくなってそして、認めなくなる。

 そうなっても、鈴は気にしないだろう。

 他人の忠告をどう受け止めるかは、己自身で導き出さなければならないから----。

 そうして、鈴は孤立していくのだ。

 麗はそれを恐れている。

 人は孤立しては生きてはいけないとわかっているから……。

 孤立しないように麗は鈴の味方でいる。

 それは誰が麗を説得しようとも変わらない。

 変えたくはない。

 それはもう決めたこと……。


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