第3話
「おはっよ!……わっ」
元気なよく通る声がその部屋に響いた。
声がしたと同時に飛びつかれそうになったが、スイっと避けると空いた手で声の主を支えた。無言で声の主を少し冷ややかに見れば怒られた子供、否追い詰められた小動物のように小さくなってぼそりとごめんなさいつぶやいた。その言葉によくできたとでも言うように頭をなでた。なでられてふわりと花が散る。
染めたことのない黒髪に幼さを残す顔を持ち、それでいて長い手足に引き締まった腰を持つこの人物は連林麗。彼女の身を包んでいるのはその辺りでは有名な学園高校の制服である。彼女はその学園の一年生である。
「おはよう」
そう答えたのは琥珀色の髪を持ち、人形のような外見でありながら人形でない強い瞳を持つ人物。彼は龍法寺鈴。麗と同い年になるのだが諸事情により彼は高校に通っていない。
「……おいしそう」
麗は鈴の作った朝食に今にもよだれをたらしそうな顔で覗き込んでくる。その時、麗の結ばれていない長い髪が一房流れ落ちる。
鈴はその様子に一息吐くと麗を呼んだ。首をかしげる麗に仕方ないとでも言うように手を近づけた。不思議そうに見守る麗に何か思ったがそれを表に出すことなく顔の横に垂れている髪を後ろにはらった。それで気づいたのか麗は鈴の言うとおりにいすに座った。鈴はその後ろで櫛を入れてふと気がついてたずねた。
「……ゴムは?」
あ、とでもいううように立とうとするのを椅子に座らせると自分の纏めていた髪を解いた。
麗は髪を纏めるのが苦手だ。否、不器用というべきか。邪魔になるのだが切るのももったいなくてそのまま伸ばしているのだと以前聞いたことがある。今までは母親が見かねて纏めてくれていたということも聞かされた。
纏め終わると麗は笑顔でありがとうという。その姿がなんとも危うく見えるのは俺だけではないだろう。だが、麗はその性格がそれを防いでいる。芯が強いのだ。貫き通すものがあるからなのだろう。それを絶対曲げることはなく。俺もそれを曲げさせることはしない。曲げさせてはいけないからだ。曲げられたら麗は膝をつく。それだけは避けなければならない。だが、俺が守るのは麗が本当に信頼するものに会うまでだと決めている。それまで俺を頼ることがわかっているから……。
俺の守りたいものはお前自身。そしてお前の願いでもある。それを知らなくてもいいが俺はそれを曲げるつもりはない。それは自分自身に誓った誓いだから……。
麗、お前はお前でいてくれ。それだけで俺はお前を守れる。




