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第10話


 ――……やはり待つだけではだめか。

 俺にそんな力があっていいものなのかわからない。

 だが、誰も変わることの出来ないもの……。

 どうしたものか……。



 漠然とそんなことを考えながらも食後のお茶をしていると玄関のベルが鳴った。

 その時、その音を聞いたとき体中を違和感と呼べるいつもと違うものが走り抜けた。


 変な感じだった。

 それは暖かさと嫌悪を同時に感じさせた。

 何が起こったのかわからなかった。

 ただ、会わなければならない、会ってはならないという正反対の思いが存在していたことは事実だった。


「はーい。どちらさまです?」

 麗が玄関へ向かった。


 玄関で話しているようでダイニングには、微かな話し声だけが聞こえていた。

「……麗?----」

 違和感がまだ続いていたが、麗に何かあってはいけないと、玄関を覗き込んだ。

 麗は玄関先で地図を広げていた。

「すいません。迷ってしまいまして……」


 そういったのは優しそうでどこか厳しさを持つものだった。

 ブランドのスーツを着こなし、細め外見でありながら鍛えているような体----。

 外見は優しさを持ち、だがその者の瞳は従わないことを嫌い、他人に完璧さを求める瞳だった。

 人の上に立つものの瞳である。


 ……こいつではない。違和感をもたせた存在は違う。

 では、誰だ――。

「大きな家ですね。こちらは今お二人でお住まいなのですか?」

「そうですよ。あ、ここですね」

 話しかけてくる男と麗の言葉は鈴の耳を素通りする。


 ふと、黒塗りの車が見えた。

 数人の男達が守るように立っていることからSPだろうか。

 だが、その車には違和感があった。

 その車の何かがおかしかった。

 どこにでもある上流階級の者が乗る車----。

 ……なぜー---。


 違和感の正体が何なのかわかった瞬間、反射的に鈴は麗の腕を引き寄せて反対の腕で何を突き出した。


 一瞬の出来事に状況が理解できないのは麗だった。


 鈴に引っ張られたことにより、後ろに尻餅をついた。

 そして、目の前で起こった光景は、鈴が自分を引っ張った反対に持つ傘で何かを弾き、そのまま足を蹴り上げた所だった。

 数秒後、カシャンという、離れた場所で物が落ちる音が聞こえた。


 鈴が傘で弾いたのは、ナイフだった。

 先ほどの道を迷ったといっていた男が、麗に向かってナイフで刺そうとしたのである。

 鈴は空気が変わった事に反応し、麗を引っ張り寄せて見えたナイフに、止める為のものとして傘を利用して弾いたその腕の反動を利用して男を蹴り上げたのだ。

 

 結果、男はけられた反動で少し離れた場所で唸っている。


 外の男達の行動を警戒していると、車の方にいる男達に異変が起こった。

「う、うわぁぁ」

 叫んでいる男の足元が何故か凍っていた。

 そして、少しずつ這い上がるように凍っていっている----。


 凍る力の源はあのあそこか。

「……出て来い!!!」

「鈴っ!」

 張り上げた声を向けた先は、黒塗りの車。


 その車は濡れていた。

 この太陽が燦々と降り注ぐ、この天気に濡れていたのだ----。

 バケツをひっくり返した直前かのようにびっしょりと濡れていた。

 この近くにガソリンスタンドはない。

 洗車場さえない。

 そんな場所にこんな濡れた車があることがおかしいのだ。


 声に反応するかのように、後部座席から出てきたのは男だった。

 見れば見るほど整っているといって良いほどの顔。 

 すらりと伸びた手足と背の高さは鈴の引けを取らないほど高い。

 モデル並みの容姿といって良いだろう。

 だが、その男には生気が感じられなかった。

 何故か、朦朧とした瞳をしていたのである。


 今の状態のあの男は人形だ。

 朦朧とした瞳には何も見出せない。

 この男に意思があるのかというほど、そう問いたくなるほど男はまったくの人形の瞳だった。

「そなたの望みを……、望みをかなえてやろう。その前に、名を差し出せ」

「駄目だ。何もしゃべるな!」

 鈴の言葉に重なるように、先程まで呻いていた男が叫んだ。

「……人間は人形ではない。誰もが意思を持っている。

 意志をもつことを許されて生まれてくるんだ。

 人のいいなりがその者の人生だと、いいなりになっているものが自分の意志でそう認めるのなら俺は何も言いはしない。

 だが、意志なき者をいいなりにするのは人形扱いをしているも同じ――」

「だめだ。何も聞くんじゃない!!何もしゃべるんじゃない」


「黙れ」

 尚も叫ぶ男に恐怖を植え付ける様な、どす黒い声が空気を張り詰めさせ、場を凍らせた。

 

「お前の意志を示せ。

 この世に生まれてきたのならお前はお前の人生を歩むことを許されているんだ。

 名を、差し出せ。」

 誰もが恐怖で凍る中に、鈴の言葉に響き、朦朧とした男の瞳から涙が流れた。

「――俺の名は、海道秋良。……この力を、止めてくれ……」

「----叶えよう。……麗、さがってろ。雪斗を呼んでおけ」

 不安そうなのは気配だけでわかる。

 だが、止める力が自分にあることに代わりはない。

 麗が家の中に入るのを気配で感じると、鈴は歌うように唱え始めた。

 先程とはまったく異なる、どこまでも澄んだよく通る綺麗な声で――――

「……水の性を持つ者よ。

 流れを知り、水と共にあるものよ。

 海道秋良を神子としている神よ。

 今一度我が傘下に入れ。

 その暴走せし力を止めよ――」


 鈴の中にある力。

 意識を集中させれば望む言葉は浮かんでくる。

 そして、言葉によって、望む力が引き出される--。


「----その為ならば我は力を貸そう。

 そなたの神子を解放しよう。

 断らばこの世界を壊すものとなる。……」


 頭に響いてくる言葉--。

 唱える言葉をくれた力とはまた違う存在の、もう一つの声が……。


『----止めてくれ。

 神子を守るために……。

 神子に流れを与えてくれ。

 さすれば我は神子に同調することが出来る。

 止めてくれ、神子よ。

 ----の神子よ』


 助けを求める言葉。

 答えるための力が自分にはある。


「――――確かに受け取った。

 叶えよう、そなたたちの望みを……。」


『--我は神子として望もう。暴走を止めよ。我が内の力を利用して--』


 言葉が終わると同時に、鈴の体が内から光り始めた。

 それと同時に秋良の体も光り始める。


 体を覆いつくすほどの光に誰もが目を背ける。


 光が収まった時、そこにあったのは同じようで同じでない二人。

 外見は同じなのだ。

 同じ服を着、体型も変わっている様子はない。


 変わったのは、----顔。

 男でも女でもない、いや、人間でもないといって良いかもしれない。

 何とも神々しいといって良いほど、この世にあって良いのかというほど綺麗な二人が存在した。

 周りにいた者たちはただ呆然とした。

 その二人の神々しさに声も出なかった。

 鈴のいた場所にいるものが手を軽くあげて下に下ろせば、体を凍らされていた男の氷は溶け液体となって下に落ち、水たまりを作る。 

 それと同時に秋良の場所にいるものが膝を折りうなだれる。

 その者に向けても手を上げると風にのっても聞こえぬ声で微かに言葉を残した。


「----」


 次の瞬間には神々しさを持った二人はきえていった。


 キキーッという車の急ブレーキの音と共に声が聞こえた。

「――鈴!!何事だ」

 車から降りてきたのは当主を継いだばかりで、未だ忙しいであろう雪斗だった。

 血相を抱えている様子である。

 それほどまで切羽詰っているわけではないはずだが……。


「……麗」

「……ただ、早く来てくださいって、いっただけなんだけど……」

 冷や汗を垂れ流しているのか、小さな声で言う姿は男を口説こうとしているのかとしかいえないほど可憐である。

 秋良がいた方向に顔を向ければそこには倒れているものがいた。

 辺りを見回せばただ呆然と現状を理解できていないものばかりで呆然としていた。

 鈴は疲れている体に叱咤し、秋良の元までいき、背負い上げると雪斗に伝言を残すように言葉をこぼす。

「こいつは探し者の一人だ。こっちで預かるからあいつを説得しといてくれ」

 視線で先程叫んでいた男を示すと、家の中へと運んでいく――。

 雪斗はただうなずくと部下たちに指示を与え始めた。



 この者は、俺に何か影響を与えるのだろうか?

 背負って家の中へ入りながら、男の横顔を伺う。

 暖かさと嫌悪感。

 それはまったく正反対のものだ。

 どうすればいいのか?

 それともほっといて良いのか。


 ……。

 ----……放っておこう。

 めんどくさいし、その時考えればいいや。



 それが鈴の出した結論だった。

 その決断がほんとによかったのか、それは本人でさえわからない。

 だが、影響を与える人物だということはあたっていた。

 それが鈴にとって良いことなのか悪いことなのか。

 それは本人にしかわからないことだろう。


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