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「ねーねー、こんな狭い路地にほんとにレストランなんてあるの?」
後ろから付いて来るティールが訊ねてきた。
「誰がレストランだって言った?」
「え?レストランじゃないの!?」
「いいから黙ってついて来い!」
「はい…」
俺が怒鳴ると、ティールはシュンとした表情になった。
こいつ…なんか…
そうだ、犬みたいだ。
犬っころだな。
廃れたビルとビルの間の細い路地を奥まで進むと、左側のビルの壁に扉が見えてくる。
俺はドアノブに手を掛けた。
「ここだ」
「…ここ?」
ティールはキョトンとした様子で中を見回す。
ドアの横にある電気のスイッチを押すと、薄暗い部屋がパッと明るくなった。
中は広いが窓は無く、冷たいコンクリートの壁と床が広がり、随分汚れたソファーやベッド、ボロボロの家具やガラクタなどで溢れかえっている。
「今何かもって来るから、そこらへん座っとけ」
俺が言うと、ティールは恐る恐るソファーに腰掛けた。
冷蔵庫を見ると…
お、牛乳が残ってる。
あと、前にかっぱらってきたサンドウィッチ。
…これで、今日の俺の夕飯はおあずけだな。
ま、空腹には慣れてるし別にいいんだけど。
「これでいいだろ。文句言うなよ?」
プラスチックの使い捨てコップに牛乳を注ぎ、サンドウィッチと共にソファーの前の小さいテーブルに並べる。
「わぁっ…!!何日ぶりのご飯だろ!?いっただっきまーす!!」
「…おう」
…もっとぶーたれるかと思ったら、文句つけるどころか目をキラッキラ輝かせながらがっつき始めた。
「ほんとに腹へってたんだな」
「ぶおだどぼぼっだぼ!?ぼぶばぶぼばん「食いながらしゃべるな」
「ふぁい…」
ティールはあっという間に飯をたいらげ、牛乳を飲み干した。
「--ぷはーっ!!生き返ったあ!!ほんと~~~にありがとう!!…ちょっと足りなかったけど」
「あぁ?」
「い、いえゴメンナサイなんにも言ってません!」
食い終わってから文句つけやがったコイツ。
「ところで、ここはなんなの?」
ティールはキョロキョロしながら言った。
「んー……まぁ俺と同じ境遇の奴らで暮らしてる、家みたいなもんだ」
「ヴァンと同じ境遇?」
「だから…親に捨てられた、いわゆるストリートチルドレンってやつだ」
「え…ええ!?捨てられた…!? か……かわいそうに…」
「なに泣きそうになってんだよ?お前、そういう奴らに会ったことねえのか?」
「あるわけないよ!!僕の故郷では、みんな親子供想い合ってて、子供を捨てるなんてありえない!!ひ…ひどいことするもんだなぁ…」
「お前…相当甘い環境で育ってきたんだな…」
つーか、俺にはこの世にそんな街があることが信じられねーけど。
「ううう……ヴァ、ヴァン…きみも、つらい目に合ってきたんだね…ううう…」
「別に大してつらかねーよ…ここの奴らは皆そんなんだし…つか、泣きすぎだろ」
「だだだってさ…うううううう」
なんなんだこいつマジで。
ぼろ泣き。
こんな泣くやつに会ったこと無いから、泣く意味がわからない。
こいつ、やっぱめんどくせーわ!
「で、お前はそんな幸せなとこで育ってきたってのに、何でここに来たんだ?さっきの下衆が言ってた通り、この街は一度入ったら出られねーのに」
「な…なんでって言われても……なんとなくここに導かれたってゆーか…」
ティールはエヘヘ、と照れ笑いしながら頭を掻いた。
「お前、やっぱ意味わかんねーわ。で、何者なんだよ?」
「僕? うん、僕はね!」
ティールはパァッと笑顔になり、胸を張って言った。
「魔王の息子なんだ!!」