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世界にダンジョン、使い魔、魔法というワードが浸透して何十年も経っている。今では学校でダンジョン学という単元があるし、ダンジョンに潜って生計を立てる人もいるほどだ。ダンジョンにある宝箱から宝石や石油、魔法道具などが出るらしい。そのせいで宝石の値段は安くなり、装飾品にする際も魔術的刻印?とかいうのを掘る事が多いらしい。護身用のアイテムなんだとか。


 そして、ダンジョンが現れてから人の生活は変わった。使い魔を得たからだ。犯罪の質も上がってしまったが警察も強化された。魔法を使えるものも増えてきて、ファンタジーがリアルに置き換わったのだ。空を飛び壁を駆け抜け海に立つなんて当たり前。誰もができることになった。


 そんな中使い魔をどう手に入れるのかと言うと、影から出てくる。使い魔という存在を強くイメージ、まぁキャラクリエイトみたいなのをしてそれを意識せずとも全身像を浮かべる事ができるようになったら思い浮かべるだけで影から出てくる。俺の場合は水晶で作られたゴーレム。といっても水晶玉だ。いわばこれは卵。俺は今自分の部屋で初めて出てきた使い魔に興奮している。だって考えてみて欲しい。使い魔だよ?可能性の塊だよ?鎧みたいなのかっこいいのからメイドみたいな可愛いのまでなんでもいけるんだよ?俺の想像力に磨きがかかればリアルになっていく。しかもこれ、使い魔は一人一つというわけじゃ無いんだ。想像力が足りずに二つ以上持つのは厳しいだけで。


 


「…いやぁ、思った以上にすべすべしてる。しかもやんわり暖かい…。冬場に布団にあったら最高だろこれ…。さて、どうしよっかな。どんな形がいいだろう。水晶だから哺乳類を再現しようとすると毛が刺さる。爬虫類か魚類?それとも鎧か剣とか?…どうすっか」




 俺の想像力が足りるかどうかもわからない。…そうだ、身近なものにしよう。飼育している生物とかいいんじゃないか?…ヒドジョウと、ウーパールーパーあたりが簡単そうだな。バカでかいドジョウとかかっこいいんじゃ無いか?龍みたいだし。でも大きいウーパールーパーはダンジョン行った時に敵をバクバク食べてくれそう。なんとなくそれでスキルとか入手してほしいよね!…まぁできるかしらないけど。…ウーパールーパー、行くか?もしもだよ?もしもスライムとかゴブリンとかが襲ってきてる時に待ち伏せ型になるであろうウーパールーパーがパクリと行ったら…楽しそうじゃね?飼育してるウーパールーパーは餌を頭らへんに落とすと首だけ五倍速くらいの動きで動く。…あれ、めっちゃみたい!ゴーレムの可能性はわからないから最初は小さいところから作っていこう。いきなり大きいのにすると失敗するって教わったし!いやー、一人暮らし楽しいな、好きなことできるのが強みだよマジで!




「よし、確か粘土を捏ねるようなイメージって人と、3Dモデルを頭の中で思い浮かべる人が居るんだよな。前者は自分好みの細工を付けやすいけどイメージを維持しにくい。後者は細工を付けにくいけどイメージは固定しやすいんだっけ?それも人によるか。…実物あるしウーパールーパー見ながら作れば良くね?」




 水槽の近くに寄りウーパールーパーを観察しながらその形を覚えていく。ジーッと見ているとウーパールーパーが俺に気づいたのか餌を求めるように水槽の壁面を上るような手の動きをしている。割り箸でウーパールーパーの餌を掴み落としてやるとそれを素早く食べ、何回かそれを繰り返す。…可愛い。よし、ウーパールーパーに決めた!


 詠唱も何も無く、ただ頭の中で思い浮かべればいい。形を。手足や尻尾、頭、外エラ…水晶玉が蒼く光る。徐々に強くなっていく光に目を背ける事が何故かできない。身体が固定されたかのように、視線の一つすら動かせない。カメラのフラッシュ並みの強さが5秒ほど継続されたのち、ゆっくりと収まっていく。光が収まりきった後水晶玉があったところにはウーパールーパーの形をした使い魔が鎮座していた。




「お、お…おおおおお!!!!!やった!本当にできた!」




 大きさは50cm程と本来のウーパールーパーよりも大きく、本来の使い魔としては遥かに小さい。奴ら人くらい大きいのがデフォだからな…。作った俺は直感でわかる。こいつ、成長する…!めちゃくちゃ楽しみじゃん!直感なんて言ったが俺の知ってる所では生物の型をとった使い魔は成長する。動画サイトで成長期がアップされてるくらいだ。ただどう成長するかは一応設定することもできるらしい。しないけど。自然に任せるのが良いんだよ多分。弄ったらワクワクがなくなるだろ?とりあえず虫とかミミズとかあげなきゃ。生態系も少し変わってしまって今ではどの生物にも六芒星が浮かんでいる。写真で昔の生物を見た時はびっくりしたもんだ。なんか足りないなーって思ったら星がなかったからな。とりあえず今日はミミズを食わせるか。…改めて見るとバカでかいウーパールーパーって怖いな見た目。愛嬌のある顔はしてるんだが、なんでだろうか。いつか慣れるよな!多分。




「おぉ…本物のウーパールーパーと同じように一瞬で食べるんだ…」




 しかも空中をふよふよ浮いている…。ゆっくりと手足をバタバタさせて動いたり体全体をくねらせて素早く泳いだり本物と同じような動きだ。…あれ、なんか一回りデカくなった?早くね?成長。








 初めて使い魔を得てから半年が過ぎた。その間特に何事もなく、強いて言うなら使い魔が1mを越えた。やっと普通の使い魔と言える。そろそろダンジョンに潜ってゴブリンやスライムを食べてもらおうか。二人の友人は鎧型とか騎士型とかだった。かっこいい…!俺の使い魔を見せたら呆れた顔で「まぁ、お前だもんな…」と言っていたのが気になる。何かやらかしただろうか。好きな形の使い魔でいいじゃないか。




「いやー、しっかし大きくなったなー。俺の頭とか丸呑みできそうじゃん…」




 ここまでくると小型のドラゴンのように見える。そう言うにはちょっと顔がお間抜けさんか?基本的に外では影の中に居てもらうが家では影から出て好きにしてもらってる。相当賢いみたいで何も壊さない。今はボールで遊んでるけど身体全体を使って遊んでいる。手でコロコロしたと思ったら跳ね上げ頭から尻尾まで転がしてまた跳ね上げ、手でキャッチ。…見ていて飽きない。




「ふふはは、行こうか。初ダンジョン!」




 尚俺は行ったことあるものとする。一般人でも普通に勝てる魔物はありがたいことに存在する。虫型の魔物だ。そうそう、普通に自然にいるあいつら。あれダンジョン産の虫魔物と自然界の虫の交雑種だったらしい。今では在来種も外来種も区別がなくなってしまった。悲しいね。




 最寄りダンジョンは家からチャリで五分。魔力ブーストで倍くらいの速度になって行ってもいいが魔力の回復に時間が必要だから無し。のんびり行こう。…もっと大きくなったら乗れるんだろうか?この使い魔。


 チャリを漕いでダンジョンに到着。山に突如できた石造りの洞窟みたいな感じの見た目だ。虫型がちょくちょく出てゴブリンやスライムも割といる。それをバクバク食べてもらいたい。絶対迫力ある。間違えて人を襲ったらごめんじゃすまないから人のいないところでやらなきゃだ。




「さて、行こう使い魔」




 スイスイと宙を泳ぐ馬鹿でかいウーパールーパー。俺の前を行ってくれるのは魔物が危険だからだろうか。ありがたい。魔物が出てきたら今の俺じゃ太刀打ちできないから。




「お?割と居るんだなやっぱり」




 ポツリポツリと虫型の魔物が出てくるが、それがウーパーの顔付近を通るとウーパーの頭が一瞬ぶれて魔物がいなくなる。…食った、のか?多分食った。いや、腹の中で暴れたりしないのか?




「…」




 なんか、大丈夫そうだ。ぽけーっとした顔でけふっと息を吐いてる。…おー、改めてみると大きくても可愛いな。…なんか、またでかくなってね?どこまで大きくなるの君?いつか乗れる?騎乗することができるなら楽しいよね絶対。のそのそ動くウーパールーパーの上に乗って移動できるとか絶対楽しいよ。待ってる。マジで待ってるから大きくなってくれ。でも早く大きくなりすぎるとびっくりするからゆっくりでいい。…いや待てよ?この世界にダンジョンが現れてからすべての生命は魔力を有するようになったらしい。魔法を全員が使えないことからまだ上手く扱う術を人間は持っていないらしいけど理論上はそうらしい。難しいことはよくわかんないけど。そしてその魔力を魔物は人間より多く保有しているとしたら?俺の使い魔がその魔力を吸収して急成長をしているとしたら?・・・それはとても、心が躍る話だ!男なら誰しもが自分の使い魔が最強なんだと言いたい。俺の使い魔はなぜか侮られがちだがとんでもない。生物を模したものだって当然最強を目指す権利がある。だが、それは俺のエゴを押し付ける理由になっちゃだめだ。使い魔にとって食事でしかないかもしれない。だから、さしあたっては危険なところは絶対行かない。死にたくないし。




「・・・!?」




 悲鳴が聞こえた。奥か?…どうする。俺に誰かを助けるほどの力はない。主人公じゃない。ここで衝動的に動くより周りに助けを求めるべきではないのか。…誰も、居ない?…ここで、悲鳴の主が魔物ではなく人間だったとしたら、俺は一生後悔するんじゃないか?その事実を知ることがなくても、あの時のあれは魔物なんだって思い込む。だけど死にたくはない。どうする。どうすればいい。




「…」




 ぺしりと背中をたたかれた。使い魔はどこか呆れたようにくねりと動き、ふよふよと悲鳴のした方へ移動していく。…使い魔に先を越されてちゃ世話ないな・・・。




「いこう。どうせ人間なんていつか死ぬんだ。それが今なら全力で逃げる。違うんなら可能な限り冒険してやろう!」




 ウーパールーパーに先導されて俺は暗い洞窟の中を進む。時折出てくる魔物は使い魔がすべて食べてくれ、食べた分だけ成長していた。


 そのまま走って進むこと少し。体感時間が引き延ばされてたから正確な時間はわからない。速くいかなきゃ!って思いがすごく自分を突き動かしていたから。






「…光るコケ?」




 光るコケが一面に敷き詰められた水辺、というのか?池みたいな水辺があって淡く発光しているコケがきれいだ。…だけど、悲鳴がしたのはここなのか?




「…」




 間違ってないと言わんばかりにこちらを見る使い魔。…なら、信じよう。一から自分で作ったんだから。自分の子供ともいえるんだ。信じてみよう。




「…!」




 使い魔がエラをぱたりと一瞬たたんで呼吸をした。その瞬間、地面が揺れた。地面を割りながら出てきたのは大きなモグラを模した魔物。その口にはぐったりとした様子の女の子が咥えられている。




「…モグラ。地面を掘り、下からの強襲が攻撃方法かな。…ウーパー、頼む。ほんの一瞬ひるませてくれたらそれでいい。その隙にあの子、助けよう」




 まだ戦闘経験は少ないうえに最近やっと普通の使い魔くらいの大きさになったこの子を差し向けるには手ごわそうな相手。だが、そうしないと助けられないかもしれない。俺のために死んでくれなんて言えはしないけれど、それでも俺はウーパー以外に頼れる奴が今いないから。死なせないために、全力で。




 ウーパーがモグラに体当たりを仕掛ける。それをモグラは易々と避け、鋭い爪でウーパーを切り裂かんと腕を振り上げる。




「避けてくれ…!!」




 俺の声に応えるようにウーパーはモグラの攻撃を避けながら注意を引いている。


 モグラの大きさは5mほど。うちの使い魔よりも断然大きいし人と比べてもその差は歴然だ。体が大きいほど筋肉も太く大きくなる。あれがモグラなのか魔物なのか判別は俺にはできない。…が、あの大きさのモグラは自然にいるのか?魔力が当然になったこの世界でもそれは少し、いやかなり異常だ。となると魔物として仮定するべきか。…くそ、人を咥えていなければ回れ右してギルドに伝えればよいだけだったのに…!今のウーパーでどこまでいける?そもそも勝算なんてない。これは俺の我儘だ。




「…!!」




「ッ! ウーパー!戻れ!!」


  


 あの子を見捨てる選択肢はない。が、ウーパーの限界だ。ならどうする。人間に魔法は使えない。あるのは使えない知恵とコケ。…待て、そもそもなぜここのコケは光ってる?魔力をふんだんに内包しているからと言って光るのか?ならなぜここに生息していた魔物が光っていない?光らないにしても何かもっと類似した特徴があってしかるべきじゃないのか。そもそもモグラは目が退化しているはず。光るところに自生しているのか…?




「ア…アアああ…アアあああああああああああああああああああ!!!!!!!」




 突如、モグラで見えなかった場所から絶叫が上がった。…なんだ、この魔力…?怨嗟を詰め込んだってこうはならないだろ…!!黒い、黑い、闇い、暗い、影い。凡そ陽の気なんぞ感じられない圧倒的な負、その声と魔力の主はどんな感情の元あり続けているのか俺には想像もできないが、授業で聞いたことがある。野良使い魔の話を。普通、使い魔は想像力が切れたらいなくなる。それを防ぐために俺たちは無意識化で使い魔に魔力を送ってそのパスから使い魔の情報を得て存在させ続ける。だが、想像力が強すぎると自分が死んだ後にもその使い魔の形を残してしまう。そして残された使い魔はねじ曲がり、本来のものとは反転する。聖騎士を目指して作られたのなら首なし騎士に、妖刀を目指し作られたのなら魔剣に。人の手に負える者ではないことだけが明白で、ベテランの冒険者が何人も犠牲になってやっと封印できる。…そう、封印なのだ。殺すことはできない。




「このコケが…封印の媒介だったのか」




 モグラは女の子を落としている。後ろから放たれるプレッシャーがモグラに本能レベルで告げたんだろう。逃げるのに邪魔な荷物を持っている暇はない、と。俺だって逃げたい。女の子を見捨てて一目散に。だがそれはできない。――動けば死ぬと、理解しているから。




「…!!」




 唯一ウーパーだけが声の主のほうを見ている。未だに影も形も見せないそれは、ただひたすらに圧をかけてくる。逃げろと、そこから離れろと言いたいが口が乾ききって言葉が出ない。ガタガタとみっともなく震えている脚が憎い。ここで逃げることもできず、立ち向かうこともできず半端なままに死ぬのが俺の人生であるならそれでいい。死にたくはないけれど。それでも、俺は主人公なんかじゃないけれど、使い魔が居る。やっと普通の使い魔と呼べるまでに育った使い魔が。




「あああああ・・・あぁあぁあああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああああぁあああ」




 この声にはありとあらゆる負が詰まってる。心を折りたくなる。生きているのが嫌で嫌で仕方ない気分にさせられる。どうすることもできない。そんな思いの中、きっとこの声の主のマスターは死んだのだ。…ふざけやがって。その遺体がどうなったのか、それはわからない。どういう最期なのかも。それでも、これは違う。使い魔に死にざまを見せて延々と使い魔と苦しむなんてのは、違う。そんな人が救われずに封印されるなんてのは、違う!!ちっとも羨ましくなんてない。ちっとも面白くなんてない。俺はここに冒険をしに来ている。使い魔と初めてのダンジョン探索に来ている。ここで終わるなんてのはいやだ。抗えないプレッシャーを感じても、膝が笑ってうまく動くことができなくても、それでも心だけは折るわけにはいかないから。ここで折れたら女の子までどうなるかわからないから。




「…行くぞ、ウーパー」




 覚悟なんて決まっていない。どう考えても決まるわけがない。モグラの裏にいるそれを見たら死ぬとまで思うほどに濃密な死の気配がある。だが、それは魔力によって生み出されている幻覚だ。そのはずなんだ。可視化されるほどの魔力を使い魔が本当に生み出せるのか俺にはわからないけれど、それでもそうだと思うしかない。そうでなかった場合俺に勝機はない。女の子を見捨てる選択肢も、もうない。震えた足が鬱陶しくても、かみ合わない歯の根がどれほどみっともなくても。涙で滲む視界がどれほど拭おうとも




「魔力を吸ってくれウーパー!!」




「…!!」




 ウーパーが口を開けて魔力を吸っていく。だが、いっこうに減らないほどに多い。それに、こんな淀んだ魔力を吸収して無事なのかどうかも疑わしい。早く蹴りをつけたいのにまだ戦闘にすら発展していない事実。心が砕けそうになる。…こんな時、あの二人が居てくれたら心強いんだけどな。いつもバカをやっている二人。昨日もげらげら笑って別れた。あの二人に別れを言えないまま死ぬのなら、俺はとんだ薄情者だ。義理を大事にしたい。縁を大事にしたい。…ウーパー、酷なことかもしれない。俺は、主失格なのかもしれない。それでも、それでも…!!未だ近くで動かないもぐらを見て、それで次の瞬間死ぬかもしれないリスクを飲み込んで俺は




「俺たちが生きて明日を迎えるために、頼む」




 モグラに頭を下げる。はたから見たら何をしているのかと思われるかもしれないし、使い魔を軽んじる行為に他ならない。俺はウーパーだけでは不安になってしまったのだ。ウーパーが死んでしまうことが自分が死ぬことと同じくらいに恐ろしい。この体の震えは俺とウーパーの身に何かあったらという不安もある。モグラは俺に視線をよこす余裕もない。当たり前だ。俺なんかよりはるかに近くで死の気配がしているんだから。それでも、戦力は多いほうがいい。モグラに言葉が通じるのか、意思疎通が図れるのか。それがすべて不明だ。もし女の子が起きたら逃げてもらうために一度視線を外さなければいけない。この状況で、少しとはいえ意識をそらす。それをまた俺にできるのか?今なお響く怨嗟は空間を染め上げていく。光る苔は急激に腐食していき悪臭を放ち始めている。肺がそれを吸うのを拒むかのようにきりきりと痛む。




「ア…あぁぁ…・ああああぁぁああ」




 そして、モグラで遮られていた声の主は気づいたら俺の目の前にいた。瞬きをしたら、急に。意識が遠くなるかと思った。それは、一見破れた巫女服に身を包む美人だ。だが、その端正な顔には目がない。瞳が奪われ、血涙を流す伽藍洞がそこにある。手入れをすれば美しく見惚れるであろう長い黒髪も淀み、腐っている。本来白く美しいであろう肌は血と泥に汚れ、巫女服もほぼ見る影はない。だが、俺はそれを素直に綺麗だと思った。こうなるまでこの使い魔は抗っている。封印されて、かつての主の怨嗟に侵され尚、この使い魔は俺を認識しても殺していない。そしてこの魔力の元は、この使い魔だ。




「ああああぁぁぁあああぁぁぁああああぁぁああ…」




 脳に直接響くかのような悲しみが、俺の胸にどうしようもない程に響く。訳も分からずに涙がこぼれてくる。本来、恐怖によりあふれるはずの涙が、共感によって流れていく。出所不明の共感は俺の胸中を搔き乱して訳も分からずに俺は巫女の使い魔を抱きしめた。俺の胸ほどまでしかない背丈、彼女はどれほどの苦しみを永年味わったのか。機能停止することもできず、思考すらできず、腐りはて、変わり果て、成れ果てたまま封印されて。次の瞬間に俺の肉が貫かれてもいいと、そう思うほどに俺は入れ込んでしまっている。おそらくあの伽藍洞の目が魔術的要素を持っていたのかもしれない。だが、俺の意思は変わらない。生きてここから帰ること。ウーパーと俺と、そこに巫女が加わるのならそれでいい。ここで死ぬのはまっぴらごめんだ。




「なぁ、巫女さん。聞かせてくれないか。アンタの思いを」




 モグラは意を決したように女の子をその体で隠した。それを巫女は見ることもしていないが、俺にはモグラが英雄のように思えた。俺が逆の立場であれば決してそんなことはできない。モグラへの敬意を示すために俺は巫女に真摯に向き合わなければならないと、そう思った。人型の使い魔だとしても喋ることはできない。だから使い魔は主との魔力のパスを利用して感情を伝えてくる。それを知り、解読することが長生きする冒険者に必要な技術だ。ダンジョンで使い魔を先行させて得た情報をどれほど正確に読み取れるのかで生死を分ける。俺みたいなペーペーにその技術があるとは思えない。だけど、今後ここに来る人間が巫女の意思を理解したがるかどうかも俺にはわからない。だったら、せめて手を伸ばしたい。




「…あ…アァ…」




 いつの間にか巫女は俯いていた。震える肩をかき抱き、血涙をぼたぼたと流しながら震えていた。ウーパーは未だに警戒を解いていない。不甲斐ない俺の代わりに全力で警戒してくれている。ありがとう。モグラも、動けていない。なら、俺は?震えは止まらないし歯の根もかみ合わない。冷や汗でびっしょりだ。力むことすら難しい震えの中で俺は何ができる。…泣いている子を慰めるくらいは、したい。なら、その通りにすればいい。震えてても、無様でも、みっともなくても、ただそこにいるだけで恐れられてしまう幼子をあやしてやればいい。




「…ごめんな」




「ア…?」




 頭を、なでる。この震えが巫女に伝わるのは申し訳ないし、俺の顔は涙でぐちゃぐちゃだけど精一杯笑う。泣き笑いで無様だろうなぁ…って頭がやけに冷静で、巫女の伽藍洞がこちらを見ていて、俺は喉がひきつる。だけど抱きしめてみてわかった。巫女も、震えているんだって。この震えが殺害衝動を抑える類であれば俺は死ぬ。けど、そこまでして抑える意味もない。いつでも俺を殺せる中で、殺していない。なら、恐怖を押し殺せ。ここにいるは主の帰りを待つ健気な使い魔だ。その果てにそうなってしまったのなら、そこに恐怖を抱く理由はない。俺は終わらせることはできない。それはきっとこの巫女の主の役目だ。俺みたいな端役はおろか主役だって力不足。この世でただ一人の役目。死んだのか、捨てたのか。いつのことなのか俺にはわからない。だけど巫女は赤子が親を求めるかの如く主を求めているんだろう。その悲しみが憤怒へ変わり、怨嗟へ堕ちた。俺は一般人でしかない。だから何もできないのか?そんなわけがない。今は何も思いつかない。これからもこの巫女に会いに来るかと言われたらきっと足がすくんでくることは無い。…野良使い魔を見つけた際は危険性が無い場合に限り保護が認められている。できるのか?こんなに殺気立っているのに。危険性がないといえるのか?




「…!」




 ウーパーがため息をつくかのようにエラを畳んだ。未だに漏れ出る魔力を吸ってくれていたようで、ウーパーの体表に鱗のような刺青が存在している。そこからウーパーが吠えるかのように体を逸らす。刺青が実際の鱗へと変貌していく。徐々に光り、思わず巫女の髪に顔を埋めて光から逃れる。光が収まったことを確認してからウーパーを見るとそこにはずんぐりとした龍がいた。




「…?…!?!?」




 本人からしても予想外だったようで慌てふためくように中空を泳いでいる。どうしたものかと見ているとそれはゆっくりとこちらに目を向けた。口をもごもごとしている。…恥ずかしかったのだろうか。先ほどまでの緊迫した空気を思わず忘れてしまうその姿は入れ歯を無くした老人のようで今更元の空気には戻れまい。確かに進化したらいいなと思いはしたがまさかこうなるとは思わないじゃん。しかも巫女さんを助けようって時に。




「…!」



 心なしかこちらをじとりと睨んでいるような気がするが仕方ないだろう。びっくりしたのはこっちだって同じなんだから



「ウーパー…?その、ずいぶんと変わったな。何してるんだ?」



 そう声をかけてようやく口の中にあったものを吐き出したウーパー。口から出てきたのは二つの小さな水晶玉だ。それを躊躇うように巫女へと渡すウーパー。巫女はそれを手に取って少し逡巡したのちに空洞となった眼窩へと嵌めた。そこでやっと俺も合点がいった。



「すごいなウーパー!眼を作ったのか!この場所の魔力で作ったのか?だとしたら多分巫女さんにも拒絶反応は起こらない。まさかここまで考えて動いてるとは…恐ろしい子だ」



 そういえばウーパーはまた呆れたようにじとりとこちらを見て、周りの苔と同じように光りながら元のウーパールーパーの姿に戻った。時間制限、というよりかは眼球を作り出すのに魔力を消費してしまったようだ。ちょっと残念。ずんぐりとしては居たが龍なんてテンションが上がるものになれたのに。



「あ…あぁ…」



 眼を手に入れた巫女が俺を見て柔らかに微笑んだ。先ほどまであった殺気は感じない。眼を嵌めたことで何かが変わったのだろうか。巫女はただこちらに微笑み、ウーパールーパーはぱたりとえらを閉じた。




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