第7話:非決定論的試行
結論から言えば、白石 澪は「バグの苗床」だ。
天城博士の遺した非公開リポジトリによれば、文明がGCを回避する方法はたった一つ。システムに予測不能な「例外」をぶち込み続けること。
なら、僕のやるべきことは決まっている。
この物理準備室に現れた「ミオ」という名の異常値を観測し、解析し、そして――人為的に増幅することだ。
翌日の放課後。僕は再び準備室に現れたミオに、一枚の端末画面を突きつけた。
「……ミオ。昨日の続きだ。君の『非効率な探し物』、僕がプロデュースしてやる」
「プロデュース? わあ、なんだか急にやる気ですね、カイ君」
窓際の透過障壁に寄りかかり、ミオがパタパタと手を振る。
僕は彼女の反応をスルーして、画面に表示した「チャート」を指し示した。
「条件がある。探し物をする際、僕が組んだこの『非効率・最適化フロー』を厳守しろ。ステップ1、検索アルゴリズムの使用禁止。ステップ2、物理アーカイブをインデックス順ではなく『ランダム』に一冊ずつ開く。ステップ3、目的の情報を見つけても即座に反応せず、前後の無関係なページを3分間凝視すること」
それは、現代の検索技術を嘲笑うような、究極の「無駄」を強いる手順書だった。
目的の情報に辿り着くまでの演算ステップを、あえて数万倍に膨れ上がらせる。
僕はミオという演算ユニットを使って、局所的なEIR(エントロピー注入率)を効率的に稼ごうと考えたのだ。
「……あの、カイ君。これ、わざわざ手書きでチャート化したんですか?」
「ああ。最短ルートで『無駄』を発生させるための、論理的な最適解だ」
「うーん……どうしてわざわざ、そんな『やり方』を私に指定するんですか?」
「……宇宙のためだ、と言ったら信じるか?」
僕が真顔でそう告げると、ミオは一瞬だけきょとんとして、それから心底不思議そうに僕を覗き込んできた。
「うーん……宇宙っていうより、カイ君って、無駄なことをするのに、なんでそんなに一生懸命計算(最適化)してるんですか?」
その純粋な疑問は、僕が構築した「管理されたカオス」という城壁を、いとも簡単に踏み越えてくる。
「それじゃ、全然『無駄』になってない気がします。効率的にサボる方法を考えてる、学校の先生みたい」
……痛いところを突かれた。
デジタル宇宙において、効率とは生存そのものだ。だから僕は、「無駄」という資源さえも管理・制御下におこうとしてしまった。
「……うるさい。いいから指示通りに動け。リソースの分配は僕が管理する」
「はーい。じゃあ、この『意味のない手順』、やってみますね」
ミオはくすくすと笑いながら、部屋の隅に積まれた埃を被ったコンテナに手を伸ばした。
試行開始。
だが、ミオは開始3分で僕の「非効率・フロー」を完全に破壊した。
彼女はマニュアルの文字なんて読んでいない。表紙のザラついた手触りを確認したり、余白にある前時代の誰かが書いた「謎の落書き」を見つけて目を輝かせている。
「見て見て、カイ君。この本の端っこ、変な色の染みがついてる。これ、昔の人がこぼしたコーヒーかな? ……透過障壁の向こうを見るより、こっちの方がずっと『世界』って感じがします」
その瞬間、端末のモニターが真っ赤なアラートを吐き出した。
グラフが、垂直に跳ね上がっている。
彼女が「コーヒーの染み」というノイズに勝手に価値を見出し、そこに独自の「想起」を接続した瞬間、局所的EIRが僕の予測値を軽々とぶち抜いた。
(……なんだ、この数値は)
僕はそれを記録し、解析しようとした。
だが、気づけば僕は、端末の数字ではなく、床に座り込んで古い紙の匂いを嗅いでいるミオの横顔を、じっと見つめていた。
予測できない。
次に彼女が何を見つけ、何に笑うのか。
僕が信じてきた「決定論」という檻の中には、彼女の振る舞いを記述するコードが一行も存在しない。
その「理解不能」という屈辱的な、けれど震えるほど刺激的な感覚が、僕の思考を熱く焦がしていく。
「……カイ君? 難しい顔して、また計算が合わなくなっちゃいました?」
ミオが不意に顔を上げ、僕を覗き込んだ。
夕焼けを反射する彼女の瞳。その中に、解析不能な、けれど美しいノイズが混じる。
「……ああ。バグが多すぎて、システムが追いつかない」
僕は慌てて視線を逸らした。
けれど、端末に表示されたシステムログは嘘をつかなかった。
ミオの周辺だけでなく、僕自身のノードからも――わずかな「揺らぎ」が出ている。
僕が彼女を「管理」することを諦め、その予測不能さに心を奪われた瞬間。
僕というデッドコード(死んだプログラム)の中に、初めて生命の火が灯ったのだ。
「……明日もやるぞ、ミオ。今度はもっと、計算外の場所へ行く」
「はい! 無駄なこと、いっぱい見つけましょうね。カイ君」
彼女が笑う。
その瞬間、宇宙のクロックがわずかにラグを起こしたのを、僕は確かに感じた。
[SYSTEM LOG]
Local Node Time: 20XX/04/17 17:15
Entropy Injection Rate: 0.005% (Anomaly Growing)
NEXT GLOBAL COMMIT: 1,278 DAYS REMAINING




