表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デジタル・コスモロジー:~326万年に一度のグローバル・コミット~  作者: Sevenforest


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/33

第4話(序章):質量の正体――演算リソースの占有




 重いものは、動かしにくい。

 それは、この世界にマッピングされた最も根源的な「手応え」だ。


 かつてアインシュタインは、それを「時空の歪み」と呼んだ。

 重い物体がそこにあるだけで、周囲の空間が布のように沈み込み、他の物体を吸い寄せるのだと。


 だが、天城アマギ博士は笑ってその地図を破り捨てた。

 博士にとって、質量とは実体のある「重さ」などではなく、もっと冷徹な……システム上の数値に過ぎなかったからだ。



 *



「……さて。前回は宇宙のクロック速度について学んだが、今日はそのクロックを消費する『コスト』について話そう」


 物理教師が、黒板に大きく二つの数式を書いた。

 一つは、誰もが知る『E=mc²』。

 そしてもう一つは、天城理論の真骨頂である定義式だ。

『M = Complexity(演算複雑度)』


「諸君は、質量を『物質の量』だと思っている。だが、デジタル宇宙論において、物質オブジェクトとは演算対象そのものだ。何もない真空……空のメモリに比べ、物質が存在する座標は、位置情報の更新や相互作用の判定など、システムに対して膨大な計算リクエストを発生させる」


 教師がホログラムを操作すると、何もない空間に一つの巨大な「星」が現れた。星の周囲には、無数のエラーログのような光の筋がうごめいている。


「つまり、質量(M)とは、そのオブジェクトを維持するために必要な『演算の複雑さ』を指す。重いものほど、宇宙というホストマシンに高いCPU負荷を強いるわけだ。……では、高負荷なエリアで、システムはどう振る舞うか? カイ、答えてみろ」


 カイは端末から目を上げ、静かに口を開いた。


「……処理落ち(ラグ)が発生します」


「その通りだ」


 教師が頷くと、星の周囲を回る光の粒が、目に見えてスローダウンした。


「高負荷な銀河や星の周辺は、演算リソースが集中するホットスポットだ。局所的な負荷が増大すれば、システムは全体の整合性を保つために、そのエリアの更新サイクル(ティック)を遅らせる。……これこそが、重力による時間の遅れの正体だ。時間が歪んでいるのではない。計算が追いつかなくて、物理的な更新レートが『ラグって』いるだけなんだよ」


 教室に、納得と当惑が混じったざわめきが広がる。

 カイは、かつて読んだアインシュタインの「時空の歪み」という美しい比喩が、天城博士の手によって「サーバーの処理遅延」という無機質な現実に書き換えられていくのを感じていた。


「さらに、最も重要なのは『なぜリンゴは落ちるのか』という問いだ」


 教師は、手元のホログラムでリンゴを星に向かって放り出した。


「宇宙システムは常に、トータルの計算コストを節約しようとしている。時間の流れが速い場所……つまり真空では、オブジェクトを置いておくだけで膨大な更新計算が必要になる。だが、時間が遅い場所……ラグっている場所なら、更新頻度は低くて済む。……システム管理者なら、どうする?」


「……コストをケチるために、オブジェクトをラグい場所へ移動させる」


 カイが呟くように答えた。


「その通り。我々が『引力』と呼んでいるものは、力などではない。システムが演算リソースを節約するために、物質をより更新頻度の低い『重力の底』へと押し流そうとする、統計的な圧力に過ぎないのだよ」


 ――宇宙は、効率を求める巨大なプログラムだ。

 

 カイは、自分の身体が地面に押し付けられている感覚を、別の視点で捉え直した。

 今、僕の身体という「高負荷なデータ」を、宇宙OSは必死にラグの多い場所へ押し込めようとしている。計算コストを1ビットでも削るために。


 キーンコーン、カーンコーン。


 講義が終わる。

 カイは、教科書の隅に書かれた『E=mc²』を見つめた。

 天城博士はこれを「静的なデータ構造を、動的な演算リソースに変換する際の換算式」だと定義していた。


(……エネルギーは有限だ。移動にエネルギーを使えば、内部更新……つまり『時間』を刻むための演算リソースが削られる。だから、速く動くものの時間は遅れる)


 特殊相対性理論も、一般相対性理論も、すべてはリソースの配分問題トレードオフとして綺麗にデバッグされている。


 放課後、カイは一人、物理準備室の端末を借りて深層ネットワークにアクセスした。

 第4回までの講義。そこで示された「質量=負荷」というロジックをキーにして、天城博士の公開リポジトリを再走査する。


 すると、昨日まではノイズにしか見えなかったディレクトリ構造が、意味を持って立ち上がってきた。


「……あった。これだ」


 `Vol.3-2_Dark_Sector/`


 そのフォルダの中には、宇宙の全演算リソースの95%を占めるという、正体不明の「管理用データ」についての記述が眠っていた。

 ダークマター、ダークエネルギー。

 物理学者が首をかしげるその正体を、天城博士は「検索インデックス」と「ストレージ拡張」だと定義していた。


 カイの指が、震えながらエンターキーを叩く。

 標準理論という美しい「マッピング」の裏側で、宇宙というシステムが隠し持っている真のアーキテクチャ。

 

 次回の最終講義「グローバル・コミット」を前に、カイはついに、この世界の「根源的な仕様」の入り口に手をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ