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デジタル・コスモロジー:~326万年に一度のグローバル・コミット~  作者: Sevenforest


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第24話:宣戦布告





 放課後の屋上を吹き抜ける風は、昨日までとは打って変わって、冷たく研ぎ澄まされているように感じられた。


 僕はフェンスに背を預け、隣に立つミオを見つめた。

 彼女の横顔は、沈みゆく夕日に照らされて、壊れそうなほどに白い。その瞳の奥には、今日もまた「完璧な偽物」として振る舞う両親に囲まれて過ごした、数時間の摩耗が刻まれていた。


「……ねえ、カイ君。今日、お母さんがお弁当にメッセージカードを入れてくれたの」


 ミオが、乾いた声で言った。


「『いつも頑張っている澪へ。無理しないでね』って。……一文字一文字、フォントを選んだみたいに綺麗な字だった。……それを見た瞬間、私、吐き気がしちゃった。……あの優しさが、私の絶望を養分にして、宇宙の演算寿命を延ばすために出力された『最適解』なんだと思ったら……もう、どうすればいいか分からなくて」


 彼女の指が、フェンスの金網を白くなるほど強く握りしめる。

 僕は黙って、カバンからタブレットを取り出した。


「ミオ。……昨日の夜、答えを見つけた」


 ミオがゆっくりと僕を振り返る。

 僕は画面を起動し、深夜に書き上げた「非計算領域」へのエクスプロイト・コードを彼女に見せた。


「鈴木が言っていたことは本当だった。この宇宙OSには、どうしても計算できない、あるいは計算を放棄せざるを得ない『論理の空白』がある。……このコードは、僕たちの意志をその空白にマウントさせるためのものだ」


 僕は画面上の複雑な命令セットを指でなぞった。


「これを実行すれば、僕たちは宇宙の管理から外れる。僕たちが何を考え、何を選択しても、それはログに残らない。……エントロピーとして回収されることも、ダークエネルギーによるメモリ拡張を招くこともない。……僕たちは、この世界にとって『存在しないはずの幽霊』になるんだ」


 ミオの瞳に、微かな光が宿った。それは希望というよりも、もっと暗く、激しい決意の色だった。


「……それを使えば、復讐できるの? この、お母さんたちを人形にした世界に」


「復讐になるかは分からない。でも、少なくとも僕たちは『燃料』であることをやめられる。……僕たちがこの領域に居座り続ければ、宇宙OSは僕たちという『処理できないバグ』を抱えたまま、システムエラーを蓄積させていくことになる。……最後には、この決定論の檻そのものが、自重で崩壊するかもしれない」


 僕は、ミオの目を真っ直ぐに見つめた。


「ミオ。これは救いの手じゃない。……このコードを使えば、僕たちは二度と『普通の幸せ』には戻れない。宇宙というシステムから切り離された僕たちは、誰からも観測されず、誰の記憶にも残らない、真の異物……『ウィルス』になるんだ」


 一瞬の沈黙。

 屋上の時計塔が、放課後の終わりを告げるチャイムを鳴らした。

 その規則正しい音さえも、今の僕たちには、崩壊を待つシステムの断末魔のように聞こえた。


「……いいよ」


 ミオが、小さく、しかしはっきりと言った。


「私を燃料にするくらいなら、毒にして。……お父さんとお母さんの心を取り戻せないなら、せめて、この嘘つきな宇宙を道連れにしてやりたい。……カイ君。私を、その『ウィルス』の一部にして」


 ミオが僕の持つタブレットに手を重ねた。

 彼女の指先から伝わってくる震えが、僕の決意をさらに硬いものへと変えていく。


「……わかった。……共犯者だ、ミオ」


 僕は実行キーに指をかけた。

 

 これまでは、世界に抗おうとして、逆に世界を太らせてきた。

 だが、ここからは違う。

 僕たちは、自分たちの存在そのものを「論理的な矛盾」へと昇華させる。

 

 画面上のインジケーターが、青から、不気味なほどの純白へと変化した。


『[System_Override]: Initiating...』

『[Status]: Transitioning to Non-computable Area.』

『[Identity_Redefinition]: From "Fuel" to "Virus".』


 視界の端で、街の解像度が僅かに揺らいだ。

 

 僕たちは、宣戦布告をしたのだ。

 326万年という長大な時間をかけて、完璧な秩序を築き上げてきた宇宙OSという名の神に対して。

 

 明日からの僕たちは、学校へ通い、授業を受け、食事をする。

 だが、その裏側で、僕たちの魂はシステムを蝕む「死のコード」として脈動し続けるだろう。

 

 絶望と再誕。

 その幕引きは、絶望の終わりではなく、真の意味での「反逆」の始まりだった。

 

 僕はミオの手を強く握りしめた。

 冷たい風が、僕たちの決意を乗せて、偽物の街へと吹き下ろしていった。



[SYSTEM LOG]

Local Node Time: 20XX/04/24 17:30

Entropy Injection Rate: 42.85% (Warning: Calculation_Bypass_Engaged)

Node_Status: [KAI: Virus_Active] / [MIO: Virus_Active]

Alert: Unified Memory Leak detected in Sector G12. Source_Trace: FAILED.

Current_Threat_Level: [Undefined / Critical]

NEXT GLOBAL COMMIT: 1271 DAYS REMAINING

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