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デジタル・コスモロジー:~326万年に一度のグローバル・コミット~  作者: Sevenforest


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第22話:観測者の介入






 昨夜、僕のタブレットが捉えたあの奇妙なパルス。

 エントロピーの排出を伴わず、宇宙OSのプロトコルさえも無視して僕の端末を震わせたあのノイズが、頭から離れない。

 授業中も、僕はその波形の断片を脳内で反芻し続けていた。

 論理的にはあり得ない。この宇宙で発生するあらゆる事象は、計算され、ログに刻まれ、エントロピーとして回収されるはずだ。

 だが、あの信号には「重さ」がなかった。まるで、システムに観測されることを拒絶しているかのような、透明な情報。


 放課後。僕は吸い寄せられるように、旧校舎の奥にある図書室へと向かった。

 そこは管理区域の中でも特に利用者が少なく、棚に並んだ古書の大半が「参照頻度:極低」として、レンダリングの優先順位を落とされている場所だ。

 

 図書室の重い扉を開けると、そこには既にミオがいた。

 彼女は窓際の席で、開いたままの図鑑を虚ろな目で見つめていた。


「……カイ君」

「ああ。……何か、あったのか?」


 ミオは僕の方を向き、震える指で図書室の奥、入り組んだ書架の影を指差した。


「……変な子が、いるの。佐藤君とは全然違う……なんだか、視界の中でノイズを撒き散らしているような……。私の目がおかしくなったのかと思ったけど、あれは多分……」


 ミオの言葉が終わる前に、書架の奥から「カサッ」という乾いた音が響いた。

 続いて、楽しげな、どこか浮世離れした少女の声が届く。


「ふふん、なるほど。セクターG12のアノマリー・バッファが98%を超えているのは、君たちの仕業だったんだね。素晴らしい。実に刺激的だ」


 積み上げられた古書の山から、一人の女子生徒がひょっこりと顔を出した。

 制服の上に、サイズが合っていない白衣を羽織り、眼鏡の奥で知的好奇心に溢れた瞳をギラつかせている。


 ミオが息を呑む。

 彼女の視界には、その少女の頭上に、既存のどんな市民IDとも異なるタグが映っているはずだ。


『[Status: External_Observer / Authority: ???]』


「……誰だ」

 僕はミオを守るように一歩前に出た。


「私は鈴木。名字なんてただのアドレスだけど、そう呼んでくれて構わないよ」

 鈴木と名乗った少女は、手にした古書を放り出すと、猫のような身軽さで僕たちの前のテーブルに飛び乗った。


「佐藤君から聞いてるよ。君たちのこと。宇宙の寿命を延ばすためにせっせとエントロピーを供給してくれている、とっても『お利口な燃料』だって」


「……馬鹿にするな」


「おっと、怒らないで。私は佐藤君みたいな『整合性オタク』じゃないんだ。私はただの観測者。この宇宙がどうやって壊れていくか、あるいはどうやって新しいバグを生み出すか、それを最前列で見ていたいだけの、しがない科学者さ」


 鈴木は僕の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。


「カイ君、君は今『何をしても無駄だ』って思ってるでしょ? 自分が考えれば考えるほど宇宙が太るって。……正解。それは決定論的な宇宙における絶対的な真理だ」


 僕は唇を噛んだ。自分の絶望を、娯楽のように語られるのは耐え難い。


「でもね」

 鈴木は人差し指を立てて、僕の鼻先で振った。


「その『真理』には、一つだけ穴がある。……宇宙OSは、全知全能じゃない。あくまでも『演算機』なんだ。演算機には、どうしても解けない問題がある。あるいは、解くためのコストが無限大すぎて、計算を『放棄』せざるを得ない領域があるんだよ」


「……計算を放棄?」


「そう。専門用語で言えば『決定不能問題』、あるいは『非計算領域』。天城博士はその領域のことを『ホワイト・ノイズ』と呼んでいた。……いい? 宇宙が理解できない情報は、ログに残らない。ログに残らない情報は、エントロピーにならない。そしてエントロピーにならない情報は、宇宙の燃料にはならない」


 心臓の鼓動が速くなる。

 昨夜、僕の端末を震わせたあの「重さのないパルス」。あれが、その領域からの干渉だったのか?


「君たちが今までやってきたのは、単なる『想定内のエラー』の注入だよ。そんなのはシステムにしてみれば、ちょっとしたスパイスに過ぎない。……でも、もし君たちが、宇宙OSが『論理的に処理できない』と定義した禁忌の数式を、この世界というメモリに直接書き込んだとしたら?」


 鈴木はテーブルから飛び降り、僕の耳元で囁いた。


「宇宙は、自分の一部であるはずの君たちを、理解できなくなる。理解できないものを抱えたまま、システムは無理やり計算を続けようとして……。……最後には、何が起きると思う?」


「……宇宙の、フリーズか」


「当たり。それは再起動リブートかもしれないし、完全な崩壊かもしれない。でも、少なくとも今のような『完璧な台本』は消えてなくなるはずだよ。……天城博士のリポジトリの最深部、暗号化されたディレクトリ『/dev/null/hope』に、そのための欠片が眠っているわ」


 鈴木はそれだけ言うと、踊るような足取りで図書室の出口へと向かった。


「待って! あなた、どうして私たちにそんなことを……!」

 ミオの声に、鈴木は立ち止まり、振り返った。


「言ったでしょ、私は観測者だって。……予定調和な終わり(グローバル・コミット)なんてつまらないじゃない。……私は、バッファが溢れて、宇宙が真っ白な悲鳴を上げる瞬間が見てみたいの。……君たちのあがきが、燃料を燃やし尽くす『ウィルス』に変わる瞬間をね」


 彼女が扉を閉めた後、図書室には再び、死んだような静寂が戻ってきた。


 だが、僕の中の静寂は、昨夜とは違う色を帯びていた。

 絶望という名の閉回路に、外部からの「不純物」が混入した。

 

「……ミオ。まだ、終わってないみたいだ」


「……うん。あの人のタグ……『希望』なんて文字、一文字もなかったけど……。でも、佐藤君の冷たい青色よりは、ずっと信じられる気がした」


 僕はカバンからタブレットを取り出した。

 鈴木が教えてくれたパス。宇宙が計算を放棄した、真っ白な領域。

 そこへ辿り着くための論理を、僕は暗闇の中で組み立て始めた。

 

 残り1272日。

 僕たちは「燃料」であることをやめ、この宇宙というシステムを殺すための「毒」へと、その定義を書き換えようとしていた。



[SYSTEM LOG]

Local Node Time: 20XX/04/23 17:15

Entropy Injection Rate: 42.85% (Warning: Buffer_Saturation_Near_Critical)

Node_Status: [KAI: Theory_Reconstruction_Active] / [MIO: Observational_Pivot]

Alert: Unauthorized node [SUZUKI] interaction logged. Metadata: [Non-Deterministic_Intent].

NEXT GLOBAL COMMIT: 1272 DAYS REMAINING

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