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触れること、愛し続けること

どうもイテンサンです。


自己承認欲求が滲み出ています。最近別のアルファベットが特徴的なsんsの方で作った曲を投稿したりしてまして、かなり充実しています。 (今結構鬱っぽいが、、)


んで、音楽を作っているとですね、普段他のクリエイターさんの作品を聞く時に、頭に中にある程度の音符が頭の中で映し出されてどうしようもないんですよ。

今まで概念的で感覚的だった音が思ったより近くにある存在だと気づいたんですよ。


人は自分の範疇にないものは手に入れたいと望む習性があります。でも、自分の近くにあると気づいた途端に興味を失う。これはその人が感じる希少性に依存するわけですね。

じゃあ自分の近くに引き寄せたあとに、そのもの自体をどうやって愛せばいいという話になってくるわけですよ。

私は思います。それはその人の考えが甘いと。

自分の近くにあると思っているその思考自体が甘いと思います。だってそのものをどれだけ愛したか、具体的な数値は透明で見えないんですもん。また、あなたが知っていることが表面上のものなのか真相的なことなのかもわからない。

つまる一言で言うと、探究を続けろと言うわけです。

疑問が生まれないと言う矛盾。常識を疑うと言うこともまた重要です。


そう考えると音楽にはまだ無限の可能性があって楽しいですね。

まぁ、あまり度が過ぎたものを作ろうとすると拍やらリズムやらが無茶苦茶になって結局収集がつかなくなって放り投げることありますけど (前科2)。


自分何かとこの考えを無意識のうちにに英語でも活用していたのかもしれません。だってそれだけの熱情がないと高一で2級まで取ろうとしませんし、ましてや準一の勉強なんてしませんしね。

そのおかげもあってこの前の模試では88点を取ることができました。


さて、皆さんは昔好きだったものはありますか?

今初めて見ればまた違った角度で物事を見れたり深めたりできるかもしれません。

記憶がないから考えるスペースが生まれるからこそだと私は思います。

それではそろそろ飯食います。


いてぇぇぇぇんさんでした

シャッドダウン、

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