隣の芝生はいつも青い
どうもこんにちはイテンサンです。
学校で、彼氏もちの女子が隣にいるんですけど、明らかにどこか闇を抱えているようなんですよ。人と話すことが嫌いってわけはなさそうなんですけど、どうも周りと距離をとっているようで。
実際、雑談をしている時に小言を呟いておりまして、内容は伏せますが暗い雰囲気のお話でしたね。
ってなわけで、今回は自分にとって幸せなことがその人にあったとしても、必ずしもその人は人生において幸せだと思っていないということについて話していこうと思います。
まず一つ目に考えられることとして、不幸が幸せを上回っているということです。単純な話、趣味を持つだけでは不幸なことは乗り越えられなかったというわけです。人生は山あり谷あり、これはよくある話でしょう。楽しい時間はまるで魔法のようですから、魔法が解けた後は、寂しくて仕方がないのでしょう。
二つ目は幸せに終わりを感じる、です。
幸せだから頑張れるという人もいると思いますが、ならその幸せが終わったらどうでしょう。埋めきれない喪失感が襲います。ましてや既に一度何かをなくすという経験をした人なら、終わったらどうしようと懸念するでしょう。夏休みに例えたらわかりやすいでしょう。高校一年生の夏休み、あなたはどのように過ごしましたか?そのように感じましたか?小学校中学校のようにあまり長く感じなかったのではありませんか?そして、早く終わったのは、学校が始まる日を気にしていたからですよね?始まりがあるから終わりがあると成長するとある程度感覚として身につくこととなります。そんな永遠などない、諸行無常の世界なのですから。
三つ目は幸せがまずわからないことですね。
幸せは人それぞれなわけですよ。人が物事に対して、メリットであるかデメリットであるかを精査することによって初めて幸せであると感じられるようになります。ですが、この行為ができないケースがいくつかあると思います。
まず幸せを満喫することをしていなかったことです。幸せとは何か、その定義すらも怪しく見えてくるという物です。
また、極度の疲労状態により、何もしたくない、つまり考えたくないというものです。さらに、自分の理想がわからない、ただ堕落している人、という物です。これらの原因により、人は幸せを知れないということがあるのではと思います。
こんなもんですかね。
私にとっての幸せは音楽です。もうこれは永遠なくならないので無敵ですね。いやまぁ、不幸が続いたら音楽も聞かなくなりますけどね。それこそ考えたくないとか魔法が簡単に解けるとかですね。
イテンサンはまだまだ高校生ですから、自分の幸せについての考えが甘々です。これからもっと自分を固められるようにしていきたいですね。
以上です。バッイバイ




