僕の彼女が可愛すぎて、彼女の話がまったく頭に入ってこない
「〜でね、……ってことがあったんだよ!」
「うん、うん。そうなんだ!」
放課後の帰り道。
僕の隣を歩く彼女が、楽しそうに最近あった出来事を話している。
僕はそれに対して、聞き役に徹し笑顔で相槌を打つ。
……まあ、彼女の話のほとんどが、頭に入ってきていないんだけどね。
可愛い彼女の話をちゃんと聞かないなんてひどい! と言う人もいるかもしれない。
しかし、仕方ないんだ。彼女が可愛すぎて、話が頭に入ってこないんだ。
彼女の話をちゃんと聞こうとしても、いつのまにか彼女の可愛い笑顔に見惚れてしまっている。
結果、彼女の話は途切れ途切れに頭に入ってくることになる。
僕の彼女は笑顔が多いのだ。
「〜が可愛くてね。ニヤニヤが止まらなくなっちゃったよ〜!」
今も話を聞こうとしているのだけど、いつのまにか彼女の顔を見ることに意識が向いてしまっている。
何が可愛かったのだろうか? 肝心なところが右から左へである。
……うん。我ながら最悪だな僕。
よくこんなんで、彼女との関係が続いているものだと思う。
普通だったら、すぐ別れてしまいそうなものだけど。
……ちょっと今までのことが心配になってきたな……少しだけ昔を振り返ってみようか。
彼女と出会ったのは高校一年の春。入学式から少し後のことだった。
彼女、南伊織とはクラスが違うこともあり、接点はなかったのだけど、部活見学で一緒になったことで知り合うことになる。
当時、僕は部活動にあまり興味がなかったのだけど、友達に付き合う形で部活をいくつか見学していた。
伊織と出会ったのは、美術部を見学しに行った時だ。
こちらも友達に付き合う形で見学に来ていた伊織に、部活体験中に話しかけられたことで仲良くなった。
屈託のない笑顔を浮かべる伊織を見て、僕は彼女に一目惚れした。
小顔で可愛らしい顔、肩ほどの長さの綺麗な黒髪。周りの女子より少しだけ背が高くて、細身の体。
僕のタイプど真ん中の女の子だった。
伊織に一目惚れした僕は、それからタイミングを見計っては伊織に会いにいくようになった。
ライバルは多かったけど、めげずに僕は伊織にアプローチを続けた。
その甲斐もあり、やがて伊織と遊びに行くようになり、少ししてから付き合い始めることになる。
いい思い出である。
そういえば、この時の僕は今よりもちゃんと伊織の話を聞いていたような気がする。
そうでなければ付き合い始めることもなかっただろう。
なぜだろうか?
まさか、伊織に対する気持ちが日に日に膨らんでいっているからだろうか?
「ちょっと隼人くん! 私の話聞いてる!?」
考えこんでいた僕を、伊織の声が現実に引き戻す。
やばい。ちょっと長く考えごとをしすぎたかな?
伊織が少し怒った顔でこちらを見上げている。
「ご、ごめん、ごめん。少し、大事な考えごとをしてた」
謝る僕に、伊織はジトーっとした目を向ける。
「隼人くん、たまにそんなふうに考え事してることあるよね? まあ、いいけどね」
拗ねた様子で、伊織はそう言う。
「ごめん! 次からはちゃんと話を聞くからさ」
流石にまずいと思い、僕はすかさず謝る。
伊織はため息をついて、しかたないなぁといった感じで笑顔を作る。
「じゃあ、さっきの話なんだけど……」
笑顔に戻った伊織を見て安堵する。
今のは少しやばかったかな。いつもより怒っていた気がする。
ちょっと自信がないけど、伊織の話をちゃんと聞かないと。
「今日、昼休みに女バスのキャプテンに勝負を挑まれたんだけどね」
「ごめん、どういう状況?」
僕は伊織の言葉にかぶせるようにそう言った。
僕たちの通っている高校は、全体的に部活のレベルが高く、たしか女子バスケ部は全国にも行っている強豪のはず。
何をしたら、そんなところのキャプテンに勝負を挑まれることになるのだろうね? この子は。
「私の友達が女バスに所属していて、昼休みに練習に付き合っていたんだよ。そしたら、女バスのキャプテンに勝負を挑まれちゃって……」
もしかして伊織ってバスケが上手いのだろうか? 女バスのキャプテンが勝負を挑むぐらいには。
「それで勝負はどうなったの?」
僕の言葉に、伊織は満面の笑みを浮かべる。
「なんとか勝ちましたよ!」
「勝っちゃったかー」
まさかの勝利宣言に、僕は苦笑いを浮かべる。
どうやら伊織の運動センスはかなり高いようだ。
まったく知らなかった。
「それでね。明日はバトミントン部の人と勝負をするから、見に来てよ」
しかも次の約束をすでに取り付けられているし。
僕はぎこちなく首を縦にふる。
女バスの話が衝撃的だったからなのか、その後も伊織の話から意識が外れることはなく、彼女の話を聞き続けた。
時折、伊織の知り合いと遭遇することがあり、こちらに笑顔で手を振ってくる。
普段は意識していなかったけど伊織って、仲のいい人が本当に多いな。
いつも誰かしら周りにいる気がする。
それに先ほどの女バスの話で、伊織の能力の高さがかなりのものだと分かったし。
かなりハイスペックな女の子だ。
「今まで聞いたことなかったけど、なんで伊織は僕と付き合おうと思ったんだろう?」
伊織の凄さを知り弱気になってしまったのか、ついそんな疑問が口に出てしまった。
小さくつぶやいたつもりだったけど、伊織にはちゃんと聞こえていたらしい。
少し驚いた顔をしてから、優しい顔でこちらを見上げてくる。
「それはだねー。隼人くんといると楽しいし、日常がキラキラしているからだよー」
「き、キラキラですか?」
「そう、キラキラ! 大事なことだよー」
伊織はそう冗談めかして言って、クスクスと笑った。
まさか伊織が、僕との時間をそんなふうに感じていたなんて思わなかった。
「それに隼人くんが、一生懸命に私に好意を伝えてくれてたの嬉しかったからね」
伊織は幸せそうに目を細めて、そうつぶやいた。
彼女の言葉に、僕は完全に言葉を失い黙りこんでしまう。
頬が熱い。まさかこんなにも真っ直ぐな言葉を言われるとは思わなかった。
「納得してくれたかな?」
伊織はそんな僕を見上げて、からかうようにニヤリと笑う。
僕は勢いよく首を縦に振る。
やばい。伊織がすごくかっこよく見える。
今思えば、これまでの僕は伊織の容姿ばかりに目がいっていて、肝心の中身をまったく見てなかった気がする。
こんなにも魅力的な女の子だったのに。
僕はそれまでのことを反省して、彼女の話に耳を傾ける。
「それでね―」
「へぇー、そうなんだ!」
それまでのことが嘘だったかのように、伊織の話を楽しく聞いている自分がそこにはあった。