98 ただの舞台装置
シャンディーがアリエスの手を取り、懸命に訴える。
「帰ろう! アリエスお姉さん! こんなところになんかいられないよ! 決闘する必要なんてない!」
メークとピナもアリエスを説得するように口々に言う。
「お嬢様の言う通りです。このようなことに付き合う必要はありません」
「そうよ! どうせ明日以降にちゃんと調べれば、本当のことが分かるんだから!」
三人の言うことも手段の一つではある。いまはこの場を離れて、明日以降に正式な調査をおこなう……あるいはそれが賢い選択肢なのかもしれない。
懸念点があるとすれば、それが出来るかどうか、および取り巻き達がその調査結果を信じるかどうか、だが。
アリエスは三人に小さく首を横に振った。
「ごめんなさい、シャンディー、メークさん、ピナさん……おそらくそれは出来ないのだと思います」
「どうして……っ⁉」
理由を問うたシャンディー……答えるアリエス。その声には確信があった。
「ベリーさんはわたしを逃がすつもりはないからです。ここは彼女のお屋敷で、彼女が指示を出せば先ほどの使用人さん達が捕らえようとしてくるでしょうから。また仮に明日以降に調査をしても、その結果を誤魔化されたと言われて信じてもらえなければ意味がありません」
「そんな……っ。でも……っ」
「それともう一つ、いえもう一人……女神様がそれを望んでいないからでもあります」
「「「……っ……⁉」」」
「これは女神様がわたしに課した試練だと思います。わたしはこれに立ち向かわなくてはいけないのです。……分かってください、シャンディー……メークさんとピナさんも、お願いします」
「「「…………」」」
三人は何も言えなくなってしまう。アリエスの声と顔には確信と決意があり、たとえ何を言っても聞かないだろうことが分かってしまったから。
四人の話を聞いていたベリーが、いまだ勝負をする前だというのに勝ち誇ったように口を挟んでくる。
「話はまとまったようですわね。そうこなくちゃいけませんわ、逃げたら自身の悪事を認めているようなものですからね」
アリエスの話のなかの女神のくだりについては、ベリーはよく分かっていない。幸運を神に祈るだとか、神話に出てくるような神が与えたもうた試練などのような、あくまで抽象的な意味で言ったのだと思っただけだ。
まさか本当にアリエスが女神と会ったことがあるとは、微塵も思ってはいなかった。
「では参りましょう、ワタクシ達の決闘の場へ!」
取り巻き達が左右に割れ、その真ん中をベリーが優雅に悠然に歩いていく。彼女のあとにアリエス達が続き、その後ろを、まるで逃がさないというように取り巻き達が続いていく。
歩きながら、ピナがアリエスに小さな声で聞いた。前と後ろをそれぞれ警戒しつつ。
「でも、どうするつもり? 決闘だなんて言ってるけど、実質これは……」
「……ええ、ベリーさんにとっては公開処刑に近いものでしょう」
アリエスの言葉に、
「……っ……!」
「…………」
シャンディーが思わず目を開いてアリエスを見、メークも無言でアリエスを見つめる。シャンディーは本当にこれは決闘で、アリエスが勝てば疑惑を晴らし潔白を証明出来ると思っていたのだろう。メークは実質的な意味を悟っていたらしいが。
アリエスは続けて言う。
「……ベリーさんが勝てば彼女の言葉の証明になりますし、わたしが勝っても無慈悲な悪女で終わるだけでしょう。この決闘は、最初からベリーさんを引き立てるための、ただの舞台装置にすぎません」
かつてアリエスが悪役令嬢を演じ、ありとあらゆる事柄をベリーを引き立てるために利用されたときのように……。
どちらが勝っても負けても、結果は変わらない。もしかしたら状況次第では、なおさら悪化する危険性すらある。
「……なら、どうするつもり? なにか考えがあったからこそ、受けたんでしょ?」
ピナの問いに。
「…………」
アリエスは無言で応じ、ただ前を歩くベリーの背中を見つめていた。
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