89 アリエスの返答は
「こういうのはどう? 彼女が悪役令嬢を請け負う代わりに、ワタクシが多額の報酬を支払う。彼女の母親が治ってからいままでの、無報酬だった分ももちろん支払うわ。それなら文句ないでしょう?」
母親の治療費の代わりに悪役令嬢を請け負っていたのだ。ならば、金さえ払えば同じことではないか。金はあらゆることを解決するのだから。
それはピナに向けられた新たな取引……契約内容の改定だった。だから、アリエスは口を挟むかどうか一瞬躊躇してしまう……もしピナがそれを引き受ければ、少なくとも二人のその契約に関して文句は言えなくなってしまう。
「ふざけないでよ!」
だが、アリエスのそんな心配は杞憂だった。ピナは迷うことも戸惑うことも動揺することもなく、すぐさま否定したのだから。むしろ勢い余って暴言や暴力を発してしまわないか、そっちを心配するほどに。
「アリエスも言ったでしょう、これは誇りの問題なの、あたしとアリエスの誇りの問題。お母さんの治療費を出してくれたことには感謝してる、でももうお金の問題じゃないの」
「…………」
ピナのその言葉に、ベリーは意外そうな顔をした。こいつはいったい何を言っているんだと、意味が分かっていない顔といってもいいかもしれない。
ベリーが唇を噛んだ。肘に触れていた手に強い力が込められた。ムカつく気分を堪えている様子だった。
「……話が通じないわね」
そして一言、とてつもない馬鹿に接したようにつぶやいたあと……改めてベリーはアリエスに目を向ける。
「アリエスさん、貴方なら理解出来るでしょう?」
貧乏貴族の娘が大馬鹿なら、メイド娘を切り崩せばいい。所詮はただのメイド、金さえ積めば大貴族の言うことを聞くに決まっている。現にこいつはシューグ家の言いなりになっているのだから。
「貴方達のお望み通り、彼女への契約を打ち切ってあげる、その代わり、アリエスさん、貴方がワタクシの為に悪役令嬢になってくださらない? 彼女に提示した条件と同じく多額の報酬を支払うし、なんなら彼女の母親の治療費も不問にしていいわ。どう、これなら文句はないでしょう?」
それはまさに、ピナの問題を片付ける提案だった。それだけでなく、アリエスには一般人が一生働いても手に入らないような莫大な大金が手に入る絶好の機会だった。
それはベリーにとってこれ以上ないほどの、考え得る最大限の譲歩だった。こんなビッグチャンスをふいにして放り捨てる人間など、いるわけがない。
ベリーはそう考えていた。確信していた。そしてこれによってピナとアリエスの協力関係を完全に崩せる。
そのはずだった。
「……ベリーさん、申し訳ありませんが」
しかしアリエスの返答は。アリエスやピナにとっては最初から分かっていたことであり。
「あなたの申し出に応えることは出来ません。わたしはあなたのために悪役令嬢になる気は、微塵もありません」
「……っ⁉」
ベリーは口を開けて、呆気に取られた顔をした。彼女にとっては信じられない選択であり、なぜ断るのか理由が全く理解出来なかった。




