88 崩してやりたくなる
肩にかかっていた髪を払って、ベリーが言う。さっきまでの柔らかく慈愛を醸した雰囲気から、獲物を捕捉した狐のような雰囲気へと変化させて。
「でも、アリエスさん、そんなことを仰るということは、あなたも不良学生に落ちぶれるということですわよ」
「…………」
「分かっているのでしょう? 彼女と共に行動して彼女を庇うということは、ワタクシが彼女と交わした契約のことを」
「ピナさんのお母さんの治療費を肩代わりする代わりに、ピナさんを、あなたが聖女として引き立つための悪役令嬢に仕立てあげることですね」
「やっぱりね」
ベリーがニヤリとする。
「そこまで分かっていて、彼女に協力するの? 貴方には何の得にもならないのに?」
「損得の問題ではありません。これはベリーさんの誇りの問題です」
そしてアリエスの因縁の問題でもある。
「ベリーさんとの取引によって、確かにピナさんのお母さんは助かりました。たとえ取引があったとしても、そのことには感謝すべきでしょう」
少なからず、ピナ自身は感謝していたのだ。長い年月がかかったとしても、その費用を返済するつもりだった。
「しかしベリーさん、あなたはピナさんのお母さんが助かったあとも、彼女に悪役令嬢を続けさせました。それに関しては見過ごせません」
「あぁら、何を言っているのかしら?」
フンとベリーは高飛車に言う。
「やりたくないなら悪役令嬢はやめてもいいのよ? ただし、莫大な治療費を一括で返せってだけ。手段は問わないからその金を用意出来れば、ワタクシは全然構わないわ」
「そのために犯罪や身売りに手を染めろってことでしょう」
「言ったでしょう、手段は問わないって。そいつが何をして金を稼ごうが、ワタクシには関係ありませんわ」
「「…………っ」」
ピナが手を握る。爪が食い込み、奥歯を噛みしめるほどに握り込む。そんな彼女にアリエスは視線を向けて、「……ピナさん」と一言、制止の言葉をかける。
いまこの場で感情に流されてベリーに手を上げてしまえば、それこそ彼女の思う壺、自分達の立場を悪くするだけなのだから。
それはピナ自身分かっている。だから彼女は手を握りつつも、アリエスに目を向けて小さくうなずくのだ。
『分かってる。手なんか出さないわよ。少なくともいまはね』
目配せだけで意志を伝える。反撃のチャンスは必ずや、やってくる。そのときが来るまで、いまは耐えるのだと。
「…………」
しかし二人のその様子に、ベリーは気に入らないという目つきになる。たかが貧乏貴族とただのメイド娘が、何を分かり合っているというような顔をしているのかと。
金も名声も力も持つ、学園の聖女たる自分に屈せずに立ち向かおうとするのかと……その反骨心が、気に入らない。
「……でも、そうね。貴方がそこまで言うのなら、考えてあげなくもないわ」
「「…………っ⁉」」
だから、崩してやりたくなる。損得勘定の伴わない心のつながりなど、友情や絆とかいう目に見えないものを大事にするものなど……粉々に崩してやりたくなるのだ。
金さえあれば、この世は大抵のことはまかり通るのだから。




