87 甘い言葉
……きっと、これもたぶん女神様が巡り合わせたことなんだわ……。
同じ日、同じ時間帯、同じ場所で、ピナの信用を得て、シャンディーが記憶を取り戻し、ベリーに目撃される……果たしてそんな偶然があるだろうか。何者か……女神の力が作用していると考えるほうがよっぽど自然で、納得が出来た。
そしてアリエスには、次にベリーが口にするであろう言葉が予想出来た。きっと彼女はこう言うはずだ、本当に心配そうな上っ面を張りつけて。
「彼女はこの学園でも札つきの不良ですもの。きっとアリエスさんは彼女になにかしら吹き込まれて、朝の大事な時間にこんな場所に呼び出されたのだと思いまして。ワタクシ、先生に断りを入れて抜け出しましたの、恥ずかしい思いもしましたけれど、アリエスさんの身に迫っている危険に比べたらどうということはありませんわ」
それはベリーからアリエスに向けた最後通告のようなものだった。いまなら、まだピナを悪者にすることで、アリエスが水面下で何かしようとしていたことを不問にしてあげる……そんな意味の込められた甘い言葉だった。
ベリーの言葉の意味は、アリエスだけでなくピナも理解出来ていた。だからこそ、ピナはアリエスに視線を送る。意味を込めた目配せをする。
(うなずくのよ、アリエス。ベリーをなんとかしたいのなら、いまはうなずいて、あたしを悪者にするの)
ピナは現在の悪役令嬢である。悪者として扱われることには慣れている。いまこの場で悪役を演じさえすれば、それであとあとベリーに反撃する手立てが生まれるのなら……。
視線を向けるピナに、アリエスもまた見つめ返していた。ピナの思惑は受け止めていた、彼女の優しさは理解出来ていた。彼女は窮地に陥ろうとしているアリエスを、自らを貶めることで守ろうと助けようとしているのだ。
しかし、だからこそ、アリエスは毅然としてベリーに言ったのだった。
「ベリーさん、申し訳ありませんが、あなたの仰っていることはよく分かりません。ピナさんは確かに不良のレッテルを張られていますが、実は友達思いのとても良い人なんですよ」
「……っ⁉」「……!」
彼女の返答に、ピナがなんでと言いたげな驚愕の表情を、ベリーがわずかに意外そうな顔を見せた。思わずといったように、ピナがアリエスに声を上げる。
「アリエス⁉ なんで……⁉」
いまこの場を切り抜ければ、いまこの場を切り抜けなければ、ベリーに目をつけられてしまうのに。問い詰めようとするピナに、アリエスは詫びの言葉を紡ぐ。
「すみません、ピナさん。あなたの言いたいことは分かっています、いまはあなたを悪者にしてでも乗り切らなければならないと……でも、わたしには出来ません、たとえ一時的だとしても、演技だとしても、あなたを切り捨てる真似をするなんてことは」
「……っ」
「それに……」
アリエスはいま一度ベリーへと顔を向ける。芯の通った、心を決めた顔を向ける。
「ベリーさんもそれを分かっていて、わたしにこんなことを言ったんです。たとえ一過性の演技だとしても、わたしにピナさんを裏切ったというわだかまりを与えるために。その濁りは必ずや、もっとも大事なときにわたしの心を揺るがして、蝕んで、決意を曇らせることになると考えて」
「……あぁら、何のことかしら?」
ベリーはとぼけた声を出した。しかしアリエスには分かっていた、自分のいまの言葉は、まさしくベリーの甘言の当を得ていると。




