76 一年前の記事を
話を終えて、ピナが一息つく。すでに絶望を経験したからか、いまは落ち着いているように見えた。
「……これであたしの話は終わり。いまのがだいたい半年くらい前のことで、それ以来あたしはあいつの言いなりってわけ……なんとかしない限り、たぶんずっと、一生あいつには逆らえない」
「…………」
ピナの話を聞きながら、アリエスは考えていた。自分は不慮の死という結果によってベリーから逃れられたが、あるいはピナと同じように一生ベリーの言いなりになっていたのだろうと。ベリーから逃れるためには、それこそ死ぬことしかないのではないかと。
「……あたしのことは話したわ。本当、あんたがうらやましい、あのベリーから逃げられたんだから。あたしも転校しようかしら? それか別の街とか国に……」
「……無理だと思います」
夕方の空を眺めながら口にするピナに、アリエスは言う。改めてアリエスを見やる彼女に、アリエスは続ける。
「ベリーさんはピナさんを追いかけて、捕まえて、今度こそ決して逃がしはしないでしょう。あなたのお母さんの治療費を取り返すまでは、それこそなんでもさせて、財産も全部没収すると思います。あなたはベリーさんの裏の顔を知っているわけでもありますし」
「……解せないわね」
ピナは腕を組んで、疑惑に満ちた目をアリエスに向ける。
「アリエスだっけ、あんた、転校したからベリーから逃げられたんじゃないの? それとも、あんたはベリーに金を全額返せたの?」
「…………いえ……」
そう、アリエスはベリーに金を返したわけではない。
「ならどういうこと? あんたがしたことと同じことをすれば、あたしもあいつから逃げられるはずでしょう?」
「…………」
アリエスは返答に窮してしまう。自分は一度死んでいるなどと、突拍子もないこと極まりなかった。しかし他に上手い言い訳も思いつかない。
「まさか、ベリーの言いなりだったってのはやっぱり嘘だったってこと? あたしからいまの話を聞き出すために……」
「嘘ではありません。わたしが言ったことは本当です」
「ならどういうことよ? おかしいじゃない、なんであんたは逃げられたのよ?」
「……とても、にわかには信じられないことなので……」
「信じるかどうかはあたしが決めるわ」
「……分かりました、話します、わたしの身に起きたことを……」
アリエスは話し始めた。約十日前に自分の身に起きたことを……この世界の時間では約一年前に起きた出来事を。
「…………」
話を聞き終えて、しかしピナは怪訝な顔つきを崩そうとはしなかった。怪しげな顔で口を開く。
「あたしをからかってるの? 本当のことを話したくないから、そんなすぐに嘘だって分かることで」
「……やっぱり、そうなりますよね……でも、嘘じゃないんです……本当にわたしは一度死んで、女神様に転生させてもらったんです」
「…………」
ピナが黙り込み、射るような目でアリエスを見つめ続ける。気まずさから、アリエスも黙り込んで、伏し目がちにピナから視線を逸らしていた。
そのまま数分の時間が過ぎていき……ピナがようやく口を開いた。
「停車場に行くわよ。あんたのお嬢様が待ってるんでしょ」
「え……?」
……いったいなにをするつもりなの……? アリエスが疑問に思ったとき、その疑問に答えるように。
「街の図書館はまだ開いてる。あんたのお嬢様の馬車に乗って、行くわよ。一年前の記事を探すの」
「一年前の……?」
「いいからさっさとしなさい」
ピナが歩き出し、慌ててアリエスはそのあとを追った。




