75 病気
アリエスは黙ってうなずく。そしてピナは自身が抱える問題……ベリーに利用される原因を話し始めた。
「……あたしのお母さんは昔から身体が弱くてね、あたしが子供のころからしょっちゅう体調を崩してた」
その導入を聞いただけで、アリエスにはおおよそのことが察せられた。そのアリエスの予想通りのことを、ピナは話していった。
ピナの母親は身体が弱く、昔から体調をよく崩していた。風邪を引くことはしょっちゅうであり、ときには嘔吐や貧血などもあった。
その母親が、数年前に吐血して入院した。たちの悪い病原菌に感染し、様々な病気に用いられる浄化魔法でも治癒出来ない病気だった。
「……お父さんはなんとかして治そうと、いろんなヒーラーを頼ったり外国の医療を調べたりしてた。その間もお母さんはずっと隔離病棟にいて、日に日に弱っていった。……あたしはお母さんにもお父さんにも、なんの力にもなれずにただ学園に通い続けることしか出来なかった」
しかしそんなある日、転機が訪れた。医療や科学がより発展している国にて、母親の病気の治療法があるのが見つかったのだ。
ピナの父親はすぐさまその治療法……病気を治す薬を手に入れようとした。しかしそれは非常に高価で、薬を一錠入手するのもままならなかったのである。
「……お父さんはすごい苦しんでた。うちの全財産をなげうったとしてもお母さんを治せるだけの量の薬は手に入らなくて、お母さん自身も、たとえ借金して自分が助かったとしてもそれじゃあなんの意味もないって言った。お父さんやあたしや屋敷にいるみんなに迷惑をかけるだけだって言ってた」
少しでも金の足しになるようにとピナもアルバイトをしようと言ったが、それぐらいでは雀の涙だと父親は諦めたようにつぶやくだけだった。
それでもどうにか金を工面しようとピナが時給の高いバイトや、それこそ冒険者ギルドの高額報酬クエストを探していたとき……。
「……どこで誰から聞きつけたのか、ベリーが言い寄ってきたの。母親を治すための金を工面してあげるから、代わりに自分を引き立てる悪役令嬢を演じなさいって」
あとのことは、アリエスのときとだいたい同じだった。ピナが悪役令嬢を演じ、ベリーの家が慈善事業と称して彼女の母親への治療費を支援する。
半年近くその支援は続き、なんとかピナの母親は病気を治すことが出来た。いまでは病院を退院し、自宅で元気に過ごしているという。
「……あたしもお父さんも屋敷のみんなも本当に喜んだ。ついでにあたしは肩の荷が下りた気分だった、これでもう悪役令嬢を演じなくてもいいってね。ベリーのことは良くは思っていなかったけど、お母さんの治療費を出してくれたのも確かだったから、癪だけどお礼を言いに行ったのよ。もう悪役令嬢をやめることも伝えにね」
アリエスは嫌な予感がした。否、ピナがいまだに悪役令嬢を演じているということは、つまりそういうことなのだ。
「……あいつ、ベリーの奴、あたしが悪役令嬢をやめることを伝えたら怒り狂ったわ、ブチギレたって言ってもいいくらい」
ベリーは鬼のような形相になってピナに言ったのだ。
『ふざけんじゃないわよ! あんたの母親を治すためにどんだけの金が掛かったと思ってんの! もう必要がなくなったからって、はいさよならじゃ済まさないわよ!』
ピナは寒気を抑えるように、両手を交差させて二の腕や肩をさするようにする。
「……あたしは言ったわ、お母さんの治療費を出してもらったことには感謝してる、何年とか何十年とかかかるかもしれないけどお金は必ず返すから、って。だからいまの悪役令嬢を演じるのはやめさせてほしいって……でもベリーは許してくれなかった」
ベリーはなおも激昂した様子で言ったのだ。
『あんた馬鹿なの何年も何十年も待ってられるわけないじゃない! いますぐ全額返すか、それが無理なら銀行強盗でも売春でも何でもいいからやりまくって用意しなさい!』
「……あたしは無理だって言ったわ、それこそ泣きつくように、あいつの足にすがりつくように……」
懇願するピナを振り払い、すがりつく彼女を足蹴にするようにして、ベリーは冷たく言い放ったのだ。
『いますぐ返すのが無理で強盗も売春もしたくないなら、大人しくワタクシの言うことを聞き続けて、ワタクシのために悪役令嬢を続けることね。それじゃあ』
そしてベリーは背を向けて去っていき……顔を手で覆い泣き崩れるピナがその場に取り残されたのだった。




