73 我ながら
ピナとの接触を済ませて実験室に戻ったとき、授業はすでに半分以上が過ぎていた。ドアに現れたアリエスの姿を見つけて、教師は口を尖らせていた。
「ユースさん、参考書を取りに行っていたとは聞きましたが、ちょっと遅すぎなのではないですか?」
「……す、すみません……急にお花を摘みに行きたくなってしまいまして……」
もじもじと恥ずかしそうにしながらアリエスは答える。本当にトイレに行っていたと信じさせて、怪しまれないようにするために。
もしベリーやその熱烈な取り巻きに怪しまれたら、ピナと会っていたことを感づかれたら、事態が悪化する危険性があったから。自分がそうなるのならまだしも、ピナが窮地に立たされるのは看過出来なかったからだ。
そのためなら、自分が恥ずかしい思いをするくらいならどうということはなかった。それでやり過ごせるのなら、安いものだった。前世ではこれ以上に、学生レベルとはいえ人に言ったら眉をひそめられるようなことをしてきたのだから。
「…………、もういいから、席に座りなさい。授業の聞き逃した箇所は、あとで他の方に確認を取るように」
「……はい、寛大なお心ありがとうございます……」
やれやれと小さな息をつきながら言う教師に、アリエスは頭を下げてから実験室へと入る。自分の席に座ると、隣の席の女子がノートを見せながら声をかけてきた。
「これ、先ほどまでの内容です。一緒に見ましょう」
「ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
彼女が微笑む。ちなみにこの魔法学実験室の授業では教室とは席順が異なり、机も一人一つではなく数人で一つの大机で、ベリーはアリエスの近くではなく二つ離れた大机にいた。付近のクラスメイトからちやほやされているのは相変わらずだったが。
(……我ながら演技が上手くなったものね……)
授業を受けながらアリエスは自嘲気味に思う。さっきの演技が上手かったおかげか、教師もベリーもクラスメイト達も、アリエスを不審がる者はいなかった。
前世で悪役令嬢を演じていて、学園中の誰からも疑われずに恐れられていたのだ。まさかそのときの、望まず培われた演技力がこんなところで活かされるとは思っていなかった。
(……将来は舞台女優も目指せたりして……なんてね)
もちろん冗談である。実際に自分が将来どうなるか、いまのアリエスには想像も出来ない。
(だけど、平和な将来を送るために、いまを頑張らないと……ピナさんのためにも)
もしもピナの現状が解決出来なければ、彼女の将来は暗いものになってしまうかもしれない。自分のときと同じようになってしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。ピナの力になって、助けたかった。




