72 ピナの問題
アリエスは何も答えず、ピナを見つめる。アリエスの脳裏に前世の記憶がよぎっていく……悪役令嬢を演じていた日々、辛く苦しかった日々……あんな思いは、もう二度としたくなかった。
「黙っちゃったってことは、そうするつもりはないってことね」
「……ごめんなさい……」
「……ま、分かってたことだから、べつにいいけど。こんなことを自分からあえて引き受ける奴なんて、ただの馬鹿かマゾヒストくらいだからね」
……もしくは、ありえないくらいのお人好しか……ピナは自嘲するように小さくつぶやいた。再びアリエスに鋭く尋ねる。
「あたしの代わりになるつもりがないのなら、なんであたしに関わったの? あんたが邪魔してこなければ、ベリーの弱味を見つけられたかもしれないのに」
「さっきも言いましたけど、そんなことをしてもベリーさんを怒らせるだけです。あなたがいま必死に守ろうとしているものを、また壊されてしまうかもしれません」
「……っ」
ピナの顔に一瞬だが動揺が走る。自分の計画がベリーにバレて、本当に何もかもが絶望的になったときのことを想像したのだろう。
「……それならあんたの目的はなんなのよ? あたしの代わりになるつもりもない、ベリーの弱味を探すつもりもない、なら、あんたはなにがしたいの?」
それは至極もっともな問いだった。そしてそれに対するアリエスの答えは、第三者が聞けば鼻で笑い、ありえないと断ずるような、とても理想的な答えだった。
「……わたしは、ベリーさんが聖女として皆さんから尊敬されること自体を否定するわけではありません。ただわたしは、ベリーさんがそのために他の誰かを悪役に仕立て上げて、辛く苦しい思いをさせるのをやめさせたいんです」
「…………」
ベリーが聖女としてちやほやされるのが好きなら、そうしていればいい。だがそのために他人を貶めるのは間違っている……アリエスはそう思っているのだ。
「もちろん、ピナさん、あなたとあなたが守ろうとしているものを、助けたいということも含めてですが」
「……ふん、理想論ね」
「はい、理想論です。ですが、絶対に出来ないことだとは思っていません。努力すれば、他のかたに助力を求めれば、そしてわたし達が協力すれば、必ず出来ると思います」
「……あたしも協力することは強制的ってか……まあ、あんたに見つかった以上、そうするしかないんだろうけど……」
ピナは溜め息をつき、仕方なしというようにアリエスに言う。
「分かったわ、あんたに協力する。で、なにをすりゃいいの?」
「……まずわたし達がすることは、ピナさんが抱えている問題を、ベリーさん抜きで解決することです。だから……教えてくれませんか? あなたがベリーと取引した内容を」
「……っ」
ピナの顔に明確に戸惑いが現れた。
「……いま話すのは、ちょっと待って……あたしにも心の準備ってものがあるから……」
少しの沈黙のあと、ピナはそう言った。それほどまでに話しにくいことなのかと、アリエスは慮った声をかける。
「それは構いませんけど……」
「……明日、明日の放課後、またここに来て……そのときまでには心の準備を済ませておくから……」
「…………」
「忘れてたけど、いま授業中でしょ。あたしは不良で通ってるからいいけど、あんたは授業に行かなきゃ駄目なんじゃないの? 他の奴やベリーが探しに来るかもしれないし」
「……それは……」
「とにかく、そういうことだから」
そう言い残して、ピナは駆け出していってしまった。その後ろ姿をアリエスは心配そうに見つめる。彼女が約束を違えることを心配しているのではなく、彼女が抱える問題について思ったのだ。
もしかして、自分達だけでは解決出来ないほどに、ピナの問題は大きなことなのかと……。
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