71 複雑な気持ち
数分後……ピナはようやく落ち着いたようだった。アリエスの抱擁から離れた彼女は近くの壁に背中を預けて、アリエスのことを見やる。
ピナの頬は抱擁による恥ずかしさからか、かすかに朱味がかかっていたが、その目つきは依然疑わしそうに鋭かった。
「落ち着いたようですね」
「……おかげさまでね」
「これでお話が出来ますね」
「…………」
ピナが口を尖らせる。
「最初に言っとくけど、あんたのこと、まだ信じたわけじゃないから」
「構いません。いきなり信じろというほうが無理な話でしょうから」
「…………。で、どういうこと? あんたもベリーに利用されてたってのは」
「話すと長くなりますが……簡潔に言えば、一年前、わたしは父の事業への支援と引き換えに、ベリーさんの聖女らしさを引き立てるための悪役令嬢を演じていたんです」
「……さん付けなのね」
「……わたしは呼び捨てが難しい性格なので……」
アリエスはほとんどの相手に敬称で呼んでいた。呼び捨てにしているのは、いまのところシャンディーくらいだった。
「……やはり信じられませんか?」
「はっ、最初から言ってるじゃない。でも話だけは聞いてあげる、どうせあんたがベリーに与していたら、どっち道あたしは終わりなんだから。こうなりゃヤケクソよ」
「……やけを起こしては駄目ですよ」
「うっさいわね。いいから話しなさいよ、あたしになんの用なの⁉」
ピナは腕を組んで強気の声を出す。得体の知れないアリエスの登場に、絶対に騙されてなるものかと警戒しているのだろう。
そんな彼女にアリエスは言葉を続けた。
「その悪役令嬢はしばらく続いて……わたしはこの学園を離れることになって、自然消滅的に終わったんです」
馬車との交通事故で一度死んだと言ったところで、ピナは到底信じないだろう。その証拠は女神によって改ざんされ、証明は事実上不可能なのだから。
「転校したってこと?」
「……まあ、そんなところです」
「ふーん、で、そのあんたの代わりとして、あたしが狙われたってわけだ。ちぇっ、貧乏くじ引かされたってことね」
「…………」
彼女の言葉に、アリエスは複雑な気持ちになる。確かに悪役令嬢を押し付けられ悲しい思いをしたことは事実だが……ベリーとの取引によって父の事業が立ち直ったことも確かだったからだ。
そのことがあるからこそ、アリエスはベリーを恨みきれずにいるのだ。無論それはアリエスの性格も関係はしていたのだが……。
「それで? いまごろになって改めてこの学園に来たあんたは、いまの悪役令嬢を押し付けられたあたしを見つけて、どうしようってわけ? まさかまた悪役令嬢を名乗り出て、あたしを助けてくれたりするの? あたしとしてはありがたいけど」
「…………」




