7 川
(とりあえず朝ご飯食べよ……)
死後の世界で女神と話しているときは空腹を感じなかったのだが、さっき起きてから身支度を整えている間にお腹が空いてきてしまっていた。
ちなみに身支度といっても外出着や櫛、鏡などといったものがなかったため、着ているのは同じ服だし、髪も仕方がないので手櫛でなんとか見た目を整えたといったところだった。時計すらも部屋にはなく、いまが具体的に朝の何時かすら分からない始末だ。
(お店開いているといいけど……あと仕事以外にも日用品も揃えなくちゃ……)
とにかく足りないものばかりで、最低限必要なものを揃えるだけでも一日が経過してしまいそうだった。
アパートから一歩外に出ると、見知らぬ光景が目の前に広がっていた。女神の言うことではここは確かに元いた街と同じ街らしいが、どうやら自分が住んでいた区画とは別の区画のようだった。
(道を覚えるまで大変そう……あまりこのアパートから離れないようにしなくちゃ……)
右も左も分からない場所で、道に迷って家に帰れなくなっては大変である。一応アパートの名前を確認しようとしたが、どこにもそれらしきものは書かれていなかった。
(大家さんにアパートの名前聞いてみようかしら……ううん、変に思われるだろうし、やめておこう……)
まさか転生したばかりで分からないからアパートの名前を教えてください、なんて言えるわけもなく……アリエスは聞くことを断念して、とにかく朝食を食べることを優先することにした。
アパートから見える範囲に料理屋や食料品店は見当たらなかった。食料品以外を扱っている雑貨屋は見つかったが、いまはまだ営業していないようだった。
仕方なく、アリエスはアパートの前の道を歩き始める。途中で曲がったりなどはせず、道なりに真っ直ぐ進む。
道の途中には公園があり、そのなかに金属製の高いポールの先についた時計があった。時刻は午前九時を過ぎたばかりであり、食料品店であれば開いているであろう時間だ。
(さっきの雑貨屋さんは、十時以降に開店だったのかしら……?)
とりとめもなく思う。朝ご飯を食べて、仕事探しが一段落したら、帰りにさっきの雑貨屋に寄ってみようかなとも思った。
そんなことを考えていると、川に行き当たった。架かっている橋には川の名前が記されていて、それは自分が知っている川だった。
(ライバ川……ってことは、この上流か下流に私の家が……)
転生前の学園に登下校する際に、この川を渡っていた。転生前の自宅は川の近くにあったため、この川を上るか下るかしていけば、以前の自宅に行けるかもしれない。
(…………)
アリエスは橋の真ん中で立ち止まり、石造りの欄干に手を置きながら川のほうを眺める。水のせせらぎ、鳥の鳴き声、そして朝日に照らされる街並み……。
視界に映る街並みに、以前の面影を探すように見つめ続ける。もしかしたら以前の自宅や、知っている場所が見えるかもしれないと思って。
(…………)
しかし、視界のなかに見知った景色はなかった。こちら側ではなかったか、それとも遠く離れているのか……アリエスはもう一方のほうも見ようと思って、上流のほうへと振り返ろうとしたとき。
「きゃあっ……!」
少女の悲鳴が聞こえた。振り返ろうとしたほう、橋の下からだ。アリエスは慌てて背後側の欄干へと向かい、橋の下を覗き込む。