61 朗らかな声
ドアを開けて、アリエスがなかに入る。教室内の視線が一同に集中し、アリエスは緊張や照れから彼らを見返すことが出来ず、やや下を向いて教壇へと上がった。
「黒板に名前を書いて、簡単な自己紹介をしてください」
「はい」
白のチョークを手に持ち、黒板に名前を書いていく。書き終わると再び前を向いて。
「アリエス=ユースです。いまは諸事情があってシューグ家にメイドとして奉公しています。よろしくお願いします」
頭を下げる。その瞬間、生徒達の口々から色々な言葉が飛び出てきた。
「シューグ家⁉」
「メイドさんなのっ」
「可愛い!」
再び頭を上げたアリエスの目に映ったのは、驚きに満ちた生徒達の顔だった。
朝のホームルームが終わると、アリエスの机の周囲に何人もの生徒達が集まってくる。編入生や転校生の多くがそうなるように、彼女もまた質問の嵐に巻き込まれていた。
「前の学園はどこだったの?」
「シューグ家ってあの高名な貴族のシューグ家⁉」
「好きな人はいるんですか⁉」
などなどである。彼らの質問攻めにアリエスはたじたじとなりつつも、答えられるものは答えていき、答えにくいものは上手いことはぐらかしていく。
彼らのなかには、アリエスが転生前にすでに見知っている者も何人かいた。しかしやはり女神の修正力の影響か、彼らはアリエスのことは完全に記憶から消去されているようだった。
(……みんな、わたしのことを忘れている……)
思い出してみれば、アリエスはこの学園での有名人だった。もちろん悪い意味で。一年前、転生前の彼女は悪役令嬢として振る舞っていたのだから。
(みんなの記憶や記録は消えても、わたし自身は忘れることはない……)
女神の修正力はアリエス自身にはおよんでいない。もしおよんでいれば彼女が自身の過去に悩むことはなかったかもしれないが、しかしおよんでいないからこそ、過去の反省を活かすことも出来るのである。
(でも、だとしても……わたしはここでまた、やり直せるかもしれない……今度こそ悪役令嬢としてではなくて、普通の女子学生として……)
皆の質問に答えていきながら、アリエスはそう思っていた。今度こそ、本当に普通の女子学生として、普通に勉学に励み、普通の友人と楽しくおしゃべりをし、そして普通に卒業する……そんな普通の学園生活を、人生を送れると。
そんなとき、教室のドアがガラリと開いて、朗らかな声が教室内に響き渡った。
「皆さん、ごきげんよう。遅れてごめんなさいね、ちょっと道に迷っていたおばあさんを助けていたものだから」




