49 画家のサイン
画商の頭に疑問符が浮かぶ。振り返ったドロナやメイド長も不思議そうな顔をしており、コレートは興味深そうな目で彼女を見ていた。
「それもやはりレプリカの絵なのですよね?」
「はい。誠に残念ながら、この絵の本物は私のほうでも所持しておりませんが」
「その絵、額縁に入っていますが、買い取ったときからその状態ですか? それともタル様がご自身で額に入れたのですか?」
「はぁ、買い取ったときからこの状態でしたが……?」
いったいそれがどうしたのかと言いたげな顔つきだった。ドロナ達も似たような顔つきである。アリエスはさらに確認の問いを続けた。
「では、ご自身でご確認したことはございますか? その絵が本当に『白の球形』のレプリカかどうか、額縁から取り出して」
「何を仰る。そんなの一目見ればすぐに……」
そう言いながらも、画商は手元の絵に視線を向ける。本当に絵のレプリカかどうかなんて、画商である自分ならすぐに分かると思いながらも……。
「…………」
じっと見つめる。白の空間に極細の線で描かれた一つの円。間違えようがなく、ずっと見つめていると常識や固定観念が崩壊していくような感覚が……。
「……感覚が……?」
そこで画商は違和感を覚えた。以前、画商はこの絵の本物を見たことがあるし、他の画商が取り扱っているレプリカも何度も見たことがある。
先ほど自分でも解説していたが、この絵の本物はカンバスや絵筆、絵の具などの材質や品質に徹底的にこだわり、また円を描く際の筆運びなどの技術にも並々ならぬ神経を巡らせていた。
少し前に夫人が口にしたように、白い空間に黒線の円を描くだけなら、コンパスを使えば誰にでも出来るし、使わなくても慣れている人物なら簡単に出来るだろう。
この絵はそんな誰でも思いつくような文句に対抗するために、ただ一つの円を描くことに、画家の持てる全ての技術と全神経を集中させたのだ。当時の画家の知り合いの話では、この円を描くためだけに数百数千のカンバスや絵筆、大量の絵の具、および数ヶ月や数年もの歳月をも費やしたと言われている。
本物の『白の球形』には、そのような画家の鬼気迫る気迫が宿っているのだ。そしてたとえレプリカであっても、無論本物にはおよばないとしても、その画家の気迫や情熱を可能な限り再現しているのである。
だから、いま画商が手にしているはずのレプリカもまた、ずっと見つめていればその並々ならぬ雰囲気が漂ってくるはずなのだが……。
「……おかしい……おかしいぞ……何も感じない……これじゃあ、まるでただの……」
……まさにコンパスで描いた円じゃないか。画商がそう思ったとき、アリエスが口を開いて指摘した。
「タル様、その絵の画家のサインをよく見てください」
「サイン……?」




