48 私にも描けそう
「……これは……?」
その円を見つめてから、ドロナは画商へと視線を移して尋ねる。どうしても普通の円にしか見えず、それ以上の理解がおよばなかったのだ。
「これは白の空間のなかに黒い線を描くだけという、たったそれだけのことでも絵は成り立ち、立派な絵画として成立することを訴えた鬼作なのです」
「……はぁ……」
「この絵を存分に理解し堪能するためには、その背景を知る必要があります。これを描いたピーターは当時の美術界にて流行していた描画主義……つまり絵を表現するにはひたすら必要なことを描くしかないという主義に嫌気が差して、たった一本の極細の線だけでも絵画は成り立つことを証明するために……」
……それからたっぷり二、三分の間、その画商はその絵について熱弁していた。質問してしまった手前、ドロナは何とか我慢して聞いていたが、夫人は退屈そうにあくびをし、メイド長はやはり瞑想するように目をつむっていた。
そしてアリエスはというと……。話していた画商も、聞いていたドロナも、あくびをしていた夫人も目をつむっていたメイド長も気付かなかったが……アリエスは非常に真面目な顔でその絵を見つめていた。
しかし画商の説明を聞いたり、その絵に感銘を受けていたわけではない。彼女の視線は紙の隅、そこに書かれている画家のサインに注視されていた。
まるでそこにとんでもない秘密が隠されているかのように。
「……というわけで、この『白の球形』は一躍美術界で名を馳せ、美術史に残る鬼作となったのです。どうですか、この絵の凄さがその身で感じられたでしょう?」
「……は、はぁ、まぁ、とにかく凄い絵だということは分かりました……」
「そうでしょうそうでしょう」
何とか困惑を隠しながらも感想を述べるドロナと、満足したように笑顔でうなずく画商。正直なところ、説明を聞いてもドロナにはよく分からなかった。しいていえば、芸術ってやっぱりよく分からないというのが本音だった。
「これだけ真っ白でしたら、わたくしにも描けそうですわね。大きなコンパスを使って、ささっと」
「あはは、コレート様はご冗談がお上手ですなぁ」
口には出さなかったがドロナもメイド長も、私にも描けそうという、まさにコレートと同じことを思っていた。画商には失礼にあたるから言わなかったが。
そのとき、それまで黙って絵を見つめていたアリエスが身体の前で小さく手を上げて、失礼のないように丁寧な声音で口を開いた。
「あの、聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「おや、メイドさんもご興味がおありですか? しかしこれはレプリカといっても値が張りまして、メイドさんのお給料ではご購入は難しいかと……」
「あ、いえ、そうではなく……」
「……?」




