44 好敵手とでもいうような
夫人は持っていた紅茶のカップを置いて、居住まいを改めて正してから。
「先ほども紹介しましたけれど、こちらのタルさんは色々な絵画を取り扱っておりますの。わたくしや主人も普段からお世話になっているのですけど、シューグ夫人もぜひ名画を見るだけでも見てほしいなと思いまして」
微笑みながら言う夫人の言葉を受け止めていたドロナは、その声が途切れるのを待ってから微笑みを返した。
「……それだけですか?」
見ようや聞きようによっては不敵にも受け取れる対応と言葉であったが、コレート夫人はしかし気分を害した様子もなく。
「……うふふ」
まるでそうこなくっちゃと言わんばかりに、面白そうな笑みを醸したのだ。
「わたくしと貴方の仲ですものね、婉曲的で遠回りな言い方じゃなくて、はっきりと申し上げましょうか。この方、実は新しい上玉の顧客を探しているそうでして、貴方ならどうかと紹介した次第ですの」
「……やはりそうでしたか」
二人のその会話を見て、アリエスは内心少し驚いてしまった。二人の言葉遣いこそ丁寧なままであるが、その話し方や対応の雰囲気は、まるでそう、いうなれば好敵手とでもいうような雰囲気へと変わっていたからだった。
ドロナが今度は画商の男に目を向ける。
「タルさんと申しましたか、夫人の言っていることは本当ですか?」
平生と変わらない落ち着いた顔つきと言葉であったが、しかしだからこそなのか、画商の男は尋ねられただけにもかかわらず緊張したようだった。
ドロナのその雰囲気や佇まいには、嘘を仰っても見破ってしまいますよ、というような静かな圧力や牽制に似たオーラが感じられたのだ。
ごくりと、一度唾を飲み込んでから画商の男は答えた。
「……はい、私は画商として一応は成功していて、普段は常連のお客様をお相手しているのですが……私が取り扱っております素晴らしい絵画を、ぜひとも、より多くの方にご購入いただけましたらと思いまして……」
「…………」
ドロナは静かに紅茶のカップを手に取って、優雅な所作でそれを口に運んでいく。コレート夫人もまた、飲みかけのカップを手にして、同じように口をつけ始める。
ドロナの後ろに控えるメイド長は、まるで彫像にでもなったように微動だにせずに、事の成り行きを静観しているようだった。
「…………っ」
彼らの居住まいに直面して、話していた画商の男のほうが内心動揺してしまっていた。心なしか額や頬にはうっすらと脂汗も浮かんでいる。
またアリエスも、さっきまでとは違う意味での緊張感を持ち始めていた。しゃべっていたのは画商の男であり、ドロナも夫人もメイド長も聞いていただけなのだが、まるで男のほうが尋問されてでもいるような錯覚に陥ってしまうようだった。




