21 記憶修正の力
「あの、シューグさん……」
「ん、なんだいアリエスさん?」
「『今度こそ』ということは、シャンディーさんは以前にも命の危機に瀕したことがあるということでしょうか?」
『…………』
シューグとシャンディー含めて、その場の誰もが一度押し黙ってしまう。ややあって、シューグが重々しく口を開いた。
「……いまからおよそ一年ほど前のことだ」
話の脈絡からして、それはシャンディーの身に起きたことなのだろう。そして事実、シューグはその話を始めた。
「ある日の夕方のことだった。シャンディーは学園から帰ってくると、いつものように野良猫がいるところへ遊びに行ったんだ。シャンディーは猫や犬などの動物が好きでね、その日も門限ぎりぎりまで遊ぶつもりだったらしい」
アリエスがそっとシャンディーに目を向けると、彼女は顔をうつむかせて悲しげな表情になっていた。その手はぎゅっとスカートの布地を握っている。
「しかしシャンディーが野良猫を追いかけて道に飛び出したとき、やってきた馬車に轢かれそうになってしまったんだ。原因はシャンディーが周りをよく見ていなかったからで、馬車の御者はきちんと適切な速度で安全運転を心掛けていたようなんだが……」
あれ……? とアリエスは思った。シューグが話している状況を、自分はすでに知っている気がしたからだ。デジャヴだろうかと最初は思った。
「そのとき一人の女性がシャンディーを突き飛ばして、馬車に轢かれるのを防いでくれたんだ。しかしその女性が代わりに轢かれてしまい亡くなってしまった……あとで知ったことだが、その女性は学園の女学生で、下校している最中だったらしい。彼女には感謝してもしきれない」
(……!)
アリエスは気付いた。シューグが語った事故は、その女学生というのは、つまりは転生前の自分のことだったのだ。
アリエスはシャンディーを見る。改めていま気付いたが、確かにシャンディーの顔は、自分が死ぬ前に見た少女のものと同じだった。いままで気付かなかったのが不思議なくらいに。
「あ、あの、その女学生の名前はなんというのですか……?」
アリエスはシューグへと尋ねる。女神は記憶と記録に修正を施したようなことを言っていたが、具体的にどうなっているのか気になって。
「名前は……。……? おや……? ドロナ、彼女の名前は何といったっけ? 大切な恩人のはずなんだが、つい度忘れしてしまったようだ」
「まったく、仕方のない人ですね。恩人の名前なのに。彼女の名前は……。……? あれ……?」
シューグとドロナが首を傾げている。覚えていなければいけない、思い出したい人物の名前なのに、どうしても思い出せないようだった。
「お父さん、お母さん、忘れるなんてひどいよ、あのお姉さんはわたしを助けてくれたのに。あのお姉さんの名前はね……。……? あれ……名前は……えっと……あれ……?」
両親に文句を言うシャンディーが、しかし同じように首を傾げている。助けられた当人ですら、思い出すことが出来ないらしい。
それほどまでに、女神の記憶修正の力は強いのだった。




