19 ほんのりと赤く
たとえ水に濡れてしまったとしても、たとえ一万ゴールドという貴族からすれば端した金額だとしても、いまのアリエスにとっては大金で生活に必要な大切なお金だった。取り上げられてしまうわけにはいかなった。
「お願いします。それを返してください。わたしにはそのお金が必要なんです。それがないと……」
「駄目です。こんなものを貴方に渡したのが知られたら、それこそ私達は恥をかいてしまうでしょう。なんてことをしているのだと」
「で、ですが……っ」
そのとき、会話をそばで聞いていたシャンディーが口を挟んできた。わずかに母親をジト目で見るようにして。
「お母さん、もしかしてわざとやってるの? アリエスお姉さんと会話が噛み合っているようで、絶妙にずれてる気がするんだけど」
「「え……?」」
アリエスとドロナが同時に疑問の声を漏らす。今度はシューグがやれやれと首を振った。
「すまないね、アリエスさん。妻は洞察力は良いほうなんだが、それ故に言葉足らずだったり必要な説明をうっかり忘れてしまうことがあるんだ」
「どういうことですか……?」
「つまりね……ドロナ、その手に持っているものを早くアリエスさんに見せてあげなさい」
ドロナの手はテーブルの下にあり、対面に座るアリエスからは見えなかった。テーブルの先端に座るシューグからは角度的に見えていたようで、だからこそ彼には二人の会話のもどかしさが手に取るように分かったのだろう。
ドロナがテーブルの下、自身の膝に置いていた手をテーブルの上に出す。その手には一通の封筒があり、彼女はこげ茶色の紙幣の隣にそれを置いた。
「それは……?」
尋ねる声をつぶやくアリエス。シューグはドロナにうなずいて、ドロナは少し決まり悪そうにしながら。
「こほん……代わりのお金です。濡れてしまったお金のままでは使えませんし、銀行へ交換に行く手間もありますから。代わりの一万ゴールド紙幣をこちらで用意しておきました」
「あ……」
「こちらの濡れた紙幣に関しては私達が引き取って、あとで銀行で交換しておきますのでご心配なく。説明が足りず、勘違いさせてしまったみたいですね」
つまりはそういうことだった。代わりのお金を渡すという説明を忘れてしまったドロナと、取り上げられると早とちりしてしまったアリエス……そのせいで二人の会話はどこかずれたものになってしまったのだ。
早とちりした自分が恥ずかしくなって、アリエスは頭を下げてしまう。
「も、申し訳ありません! わたし、ついてっきり……」
「いえ、説明が不足していた私の落ち度でもあります。確かに思い返せば、あの言葉だけ聞いたらそういうふうにも聞こえてしまいますものね。だから、顔を上げてください」
「ほ、本当にすみません……」
アリエスは顔を上げて、おそるおそるドロナのほうを見る。ドロナは顔を少しだけ背けていたが、その頬や耳は恥ずかしそうに、ほんのりと赤くなっていた。
鏡がないのでアリエス自身には分からないが、彼女もドロナと同じような状態になっていた。




