16 異口同音の言葉
ドロナがたしなめるようにシャンディーに言う。
「シャンディー、料理をこぼさないように。いつも言っているでしょう」
「あ、ごめんなさい」
「それともっと落ち着いて食べなさい。見栄えが悪いですし、急いだら喉に詰まってしまうかもしれません」
「はーい、気を付けまーす」
「……まったく……」
ドロナが息を一つつく。すでに何回も見た光景であり、このようなやり取りが彼ら家族の日常なのだろう。それを見て、アリエスは思わずくすりと小さく笑んでしまった。
「どうかしましたか、アリエスさん?」
気付いたドロナが不思議そうに尋ねる。アリエスは答えた。
「仲が良いな、と思いまして。うらやましい限りです」
「……出来の悪い娘ですが」
「だとしても、です」
シャンディーが文句を言いたそうに口を挟んだ。
「なんか、わたし悪口言われてない?」
「シャンディーが可愛いから、ドロナさんは心配なだけよ」
「え、わたし可愛い?」
「ええ、とっても」
「わーい、アリエスお姉さんありがとうっ」
シャンディーは素直に喜び、それを見てドロナは単純だとまた溜め息をつき、アリエスは微笑んでいるのだった。
彼らの様子を眺めていたシューグは、そこで不意に真面目な顔つきになり、いったん持っていたナイフとフォークを置いてアリエスへと話しかけた。
「アリエスさん」
「なんでしょうか?」
「妻や庭師から話は聞いたのだが、娘を助けてくれたそうだね。いまさらではあるが、本当にありがとう」
シューグは一度立ち上がり、深く頭を下げる。思わず慌ててしまったのはアリエスのほうで、彼女は口を開いた。
「あ、頭を上げてくださいシューグさん! 皆さんが見ている前なのに」
アリエスが普段見知っていて、またイメージしている貴族というものは、何よりも体面や見栄を重視する人々だった。そんな彼らは特に恥をかかされることを嫌い、人前のみならず人前でなくとも、自分が頭を下げるという行為そのものを忌み嫌っているものだった。
そして紛いなりにもシューグ家は貴族として名家の一つであり、その当主がどこの誰とも知れない女に頭を下げているのだ。妻のドロナや娘のシャンディー、周りにいるメイドや執事が果たしてどう思うだろうか……。
……きっと幻滅してしまうに違いない。どこの誰かも分からない、初対面の相手に頭を下げる、不甲斐なくて情けない当主として。
アリエスはそう思った。自分でも知らず立ち上がっていて、はた目にも慌ててしまっていた。よりにもよって自分自身が、シューグ家の当主に恥をかかせてしまっているのだから。
と、そう思っていたら。
「ずるいですよ、あなただけが頭を下げるなんて。私もまだ、お礼は言いましたけれど頭は下げていないのに」
そう口にして、ドロナもまた立ち上がると。
「先ほどもお礼は述べましたが、改めて娘を助けていただきありがとうございます」
当主同様、アリエスへと頭を下げるのだった。
しかし当のアリエスはというと、肝が冷えきっていてお礼を聞くどころではなかった。シャンディーはつぶらな瞳をしていたが、室内にいるメイドや執事達の視線が痛くて仕方がなかった。
こんな食事の場で、何人もの人間がいる前で、それも雇っているメイドや執事のいる前で頭を下げるなんて……。当主としての威厳や示しがつかなく、絶対に幻滅して明日にでも全員暇をもらおうとするに違いない……。
そして屋敷を出ていった彼らは、他の貴族家に雇われたときに文句を言い触らすのだ。シューグ家の当主は人前で頭を下げる甲斐性なしであり、関わってしまったら恥をかかされることこの上ないと。
アリエスの頭のなかで悲観的な想像や展望が繰り広げられているとき、キッチンから新たな料理を運んできたらしいコックが頭を下げているシューグとドロナに言っていた。
「旦那様に奥様、何をしていらっしゃるのですか?」
女性コックである彼女は、見るからに険しい顔つきだった。ほら、いまにもこんなところでなんか働いていられないと文句を言うに違いない……アリエスがはらはらしていると。
「お礼を言うのなら、私達もでしょう。二人だけで済ませないでください」
……へ?
呆気に取られるアリエスの前で、その女性コック、だけでなく他のメイドや執事達も一様に頭を下げるのだった。
『お嬢様を助けていただき、誠に感謝致します』
異口同音の言葉に。
「⁉⁉⁉⁉」
アリエスは完全に意味が分からなくなっていた。
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