118 生きてて
アリエスが目を覚ましたとき、視界のなか、自分の顔を覗き込むようにみんながいた。
「アリエスお姉さん!」
シャンディーが抱きついてくる。
「良かった! 良かったよぅ! 生きてて本当に良かったよぅ!」
彼女は泣いていた。ついさっきまでは悲しみの涙、いまはうれしさの涙だ。
「ほんと、生きてて良かったわ……」
「ピナさん、ハンカチ使いますか?」
「あたしは泣いてないったらメークさん!」
メークがコレート夫人に声をかける。
「コレート夫人、いろいろとありがとうございます、フレイムタイラントとの戦いやアリエスさんを治していただいて」
「本当、疲れちゃったわ、燃えちゃった服の代わりも作らなくちゃならなかったし。あとでドロナにたっかいお菓子でも要求しなくっちゃ」
「……そのドロナ様ですが、執事長が連絡して間もなく到着するそうです。また執事長が敷地内の被害の確認をしていますが、いまのところ緊急の連絡はありません」
「そ。わたくしがここに来る前は、少なくとも死んだ人はいなかったみたいだけどね」
みんなのそんな話を聞きながら、アリエスは上体を起こして、依然煙の上がる夜空を見上げているベリーのほうに顔を向けていた。
「アリエスお姉さん?」
シャンディーが声をかける。しかしアリエスはコレート夫人のほうを向くと。
「……コレート夫人、助けていただいてありがとうございます」
「どういたしまして。貴方には面白いものを見せてもらったことがあるからね。そのお礼みたいなものよ」
「……ぶしつけですが、お礼ついでにもう一つわたしのお願いを聞いてもらえませんか?」
「内容次第だけど、何かしら?」
「……あそこにいるベリーさんの怪我を治していただけませんか?」
「…………」「「「……⁉」」」
コレート夫人は真顔になり、シャンディー達三人は驚いた顔をする。夫人もまた、三人から事の経緯を聞いているらしい。
「わたくしは構いませんけど、本当にいいの?」
「……はい」
「そ。じゃあ行ってくるわね」
コレート夫人が立ち上がり、ベリーのほうへと近付いていく。ピナとメークは小さな溜め息をついていた。
「相変わらずお人好しね」
「アリエスさんらしいとも言えますが」
二人は半ば呆れているものの、もう半ばでは納得しているようでもあった。おそらくアリエスが目を覚ましたら、そんなことを言うと予想していたのだろう。
「そういえばさ……」
ふと思い出したというように、ピナがシャンディーに聞く。
「シャンディーちゃん、さっき違うって言ってたじゃない? アリエスがベリーをはめたとき、その通りだと思うけど一つだけ違うと思うって。それって結局なんだったの?」
メークもシャンディーのほうを見る。しかし彼女はある程度答えを考えていたのか、ピナよりも疑問符を浮かべているわけではないようだった。
そしてシャンディーは、アリエスの顔を見ながら答える。
「……アリエスお姉さんはすごく優しいから」
ピナとメークもアリエスを見る。シャンディーが続けた。
「アリエスお姉さんがあの人の怪我を最小限に抑えたのは、万が一でも出血多量で死んだりしないようにするため。でなきゃ、自分自身が死ぬかもしれない大火傷なんて、負えるわけがないから」
あのとき、アリエスがベリーの魔力を彼女自身に放出したとき、そうではない余剰の魔力は大気中に放散されるまでアリエスの身体に留まっていた。計測していたわけではないが、その時間はおよそ数十秒から数分だっただろう。
魔力がアリエスの身体を通りすぎたときにも彼女を焼いていたのだが、実はその後も残留魔力は彼女を焼き続けていたのだ。アリエスはいつ重度の火傷で倒れて、そのまま死んでいてもおかしくなかった。
「アリエスお姉さんは戦いが始まった最初から、あの人を殺すつもりも、必要以上に傷つけるつもりもなかった。そうでしょ」
「……シャンディー……」
アリエスは、決闘が始まったときからずっと、防戦に徹していた。攻撃と呼べる攻撃は、ベリーの魔力を放出したときだけだった。
ベリーはそれをナメプだと断じ、不必要に戦いを長引かせたと思ったようだが……つまりはそういうことだった。
「生きてて本当に良かった、生きてて本当にありがとう、アリエスお姉さん……!」
シャンディーがもう一度アリエスに抱きつき。
「……シャンディー……」
そんな彼女の背中に、アリエスもそっと手を回す。
……いまだに残り火がゆらゆらと揺らめくなか、遠くからドロナが乗る馬車の音が聞こえてきていた……。
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