115 ……さようなら……
いまにも暴君の腕がメークを叩き潰そうとしたとき、
「『ガードウォール』!」
アリエスが手をかざして叫び、メークの頭上にバリアの壁が出現して炎の腕を防いだ。
「アリエスさん……っ!」
同時に、メークと入れ替わるようにしてアリエスが暴君へと迫っていく。そのとき、アリエスは一度メークに目を向けると、いつも見せるような優しい微笑みをしたのだった。
「……わたしがいなくなったあと、シャンディーのこと、お願いしますね……」
距離は離れていたし、高熱の炎が燃える音も間近にあったが、確かにメークはアリエスの言葉を聞いた。それはまるでこれから死地に飛び込むような、遺言のような言葉だった。
そしてだからこそ、その瞬間、メークはアリエスがやろうとしていることに気付いてしまった。やめて! そう叫ぼうとしたが、その声を発するよりも速く、アリエスはフレイムタイラントの元へと到達していた。
フレイムタイラントの足元の表層はすでに剥がれていて、魔力をまとっていなければ一瞬で燃え上がってしまうほどの業火が表れている。あるいは、その魔力すら燃やし尽くしてしまうような灼熱の炎だった。
(……わたしは、すでに一度死んだ身……本当なら、もうここにはいないはずの存在……)
前世の出来事、転生してからいままでの出来事が頭によぎっていく。辛いことも悲しいこともあったが、楽しいこともうれしいこともあった。
特に、シャンディー達、シューグ家の人達と出会えたことは本当に良かった。もちろん、ピナやコレート夫人といった、自分を信じて認めてくれる人々と出会えたことも。
だから。
(……後悔はない……わたしに後悔は、ない……)
それでも、アリエスは最期にシャンディーのほうにちらりと目を向ける。シャンディーは必死な顔をしながら夫人のバリアから飛び出そうとしていて、そんな彼女をピナも必死に引き止めていた。
アリエスお姉さんっ! アリエスお姉さんっ! シャンディーはそう叫んでいるようだった。
ピナもまたアリエスのほうを見て、とても悲痛な顔をしていた。なんであんたがそんなことをしなくちゃならないのよ……そんなふうに思っているような顔だった。
そんな彼らに、アリエスは優しく微笑んで。
「……さようなら……シャンディー……みんな……さようなら……」
そして、フレイムタイラントの足に手を触れた。
……その瞬間。暴君の召喚体に残っていた魔力がアリエスへと流れ込んでいき、彼女の身体を媒体として大気中へと急速に放散されていった。
ついさっきアリエスがベリーにおこなった魔力の流動と放出……それと同じことを、いま彼女は炎の暴君に実行したのだ。皮肉なことに、ベリーのときのような細心の集中力を必要としない分……つまりは単純な流動と放出だけをする分、先ほどよりも非常に簡単だった。
やがて……時間にして数秒も経っていないであろう、魔力を完全に放散させられたフレイムタイラントは召喚体の維持が出来なくなり、光の泡沫となるように消えていく。
そして暴君が残した残り火の明かりのなかに、高熱の業火に燃やされて純黒に変色した、かつてアリエスだったモノが地面に残された……。
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