112 紅蓮の魔法陣
「逃げてください! シャンディー! ピナさん! メークさん!」
焦りの声。付近にはすでに取り巻き達はいなく、アリエスの声が聞こえていないわけではなく、しかし彼女達はそこに留まっていた。
アリエスが怪我をしている身体に鞭打つように立ち上がり、彼女達の元まで行こうとする。それと同時期に、メークがピナへとつぶやくように口を開いた。
「……ピナさん、お嬢様のこと、お願いします……」
「……え……」「……メーク……?」
ピナとシャンディーが制止の声を出すよりも速く、メークは暴君へと飛び出していった。
「メークっ!」
彼女のスピードは速かった。まるで一陣の風、あるいは空気を切り裂く音、もしくは視界を過ぎる閃光のように。
そしてメークは両手に鋭い短剣を瞬時に握ると、まるでアサシンのように逆手に持つそれに。
「『プレートブレード』」
その剣身に魔法の光がまとわれて、二メートルはあろうかという長さへと延長される。メークは自身も回転するように華麗に動いて、迫りくる暴君の片足を瞬時に何回何十回と斬りつけた。
『……ッ……⁉』
暴君が呻き声にも似た音を発して、地面に片膝をつく。しかし足元を駆ける小さな存在に気が付くと、片腕を振り上げた。
「……やはり、この程度では、まだですか……」
「メーク!」「「メークさん!」」
そのとき、今度は振り上げられていた暴君のその腕へと、ドゴォン……! と何かが衝突した。一度だけではなく、二度三度四度……と続けてぶつかっていく。
アリエス達がいる場所からは見えなかったが、それは馬車の停車場で待機していたシューグ家の執事長が放った、魔法の弓矢の連続射撃だった。フレイムタイラントが召喚された当初は、数階はある屋敷の高い屋根でその姿が見えず、状況の把握が遅れてしまっていた。
しかし最初の一撃で屋敷の一部が破壊されて視認出来るようになると、すぐさまシャンディー達のいるであろうパーティー会場まで駆けつけようとしたのだが……それより早く暴君が何かを攻撃する動作に入るのを見て、それを止めるために魔法の弓矢で攻撃したのだった。
「これは……執事長の……!」
その魔法矢の射手の正体について、その場ではメークだけが気付いていた。本来なら執事長でも暴君の本体や高魔力の召喚体には、片腕を落とせるほどには及ばない。しかしベリーが衝動的に召喚した召喚体だからだろうか、腕の動きを一時的に止めることは出来ていた。
『…………ッ!』
だが、それでもまだ倒すには至っていない。炎の暴君は怒りの雄叫びを上げるや、紅蓮に染まる巨大な口をガパッと開いた。溶岩のように紅い口に、複雑な紋様の紅蓮の魔法陣が描き出されていく。




