110 フレイムタイラント
夜空に向けていた顔をアリエスへと下ろすベリー……その表情は、壊れたような笑いが張りついていた。聖女の笑顔でも悪魔の哄笑でもない、壊れた人形のような笑いだった。
「『高貴なるワタクシの呼び掛けに応じ、全てを壊し尽くしなさい。『フレイムタイラント』』!」
「……っ⁉」
それは簡素ではあるが召喚魔法の呪文詠唱だった。ベリーの足元に、それまでのものとは比べ物にならない巨大な魔法陣が出現する。
魔法陣は庭園のみならず屋敷の一部にも匹敵する規模であり、閃光のように足元に広がっていく魔法陣に、取り巻きやシャンディー達も動揺と驚愕の顔を浮かべる。
「みなさん! 早く逃げてください!」
アリエスが皆に叫ぶ。しかしもう遅かった。出現した魔法陣からは、もうその巨大な頭部の頂点が見え始めていた。
「……フレイムタイラント……?」
「……炎の暴君、その異名を冠せられたモノです……」
ピナとメークのつぶやきがシャンディーの耳に届く。メークの口調は真剣で落ち着いていて、そして彼女がこうなるときは臨戦態勢に入っているときだということをシャンディーは知っていた。
メークがこうならざるを得ないほど、強大なナニカが迫っているのだと。
「アリエスお姉さん! 逃げて!」
しかしシャンディーのその声も遅かった。いまの数瞬の間に、魔法陣から見えていた頭頂部は顔面、肩、腕や胴体、そして足と……その全身を現していた。それはさながら紅蓮の業火をまとった巨人のようだった。
呼び出されたるは『炎の暴君』。魔界の領土の一部を任されているモノであり、本来であればベリー程度の少女の呼び掛けに応じる存在ではないはずだった。
それが召喚された。出現した。おそらくはボロボロに剥がれ落ち、全てがどうでもよくなったベリーの精神に感応して現れたのかもしれない。
「フレイムタイラント、ワタクシの目の前にいるあの女を殺しなさい。そしてあそこにいる者全員を殺しなさい。ワタクシを崇めない者なんて、ワタクシに従わない奴なんて、この世に必要ないんだから」
壊れた笑みを張りつけながらベリーが命じる。はっとしたアリエスがとっさに身構えたとき、しかしフレイムタイラントはゆっくりとした動きでベリーのほうを見下ろしていた。
「何してるの? 早く殺しなさい。アンタを召喚したのはワタクシ……」
なのよ……そう言い終える前に、フレイムタイラントは炎の腕を振り上げて、そしてベリーへと振り下ろした。
「……ッ⁉」
「ベリーさんっ⁉」
ズドゥン……ッ! まるで巨大な大砲が着弾したときのような轟音と衝撃が、辺りに波紋のように伝播する。その衝撃は空気を震わせて波動となり、屋敷の一部を破壊していく。
『う、うわああぁぁ⁉』
直後、それまで呆気に取られていた取り巻き達が我に返り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。ある者はパーティーのテーブルにぶつかり、ある者は足元をまろびかせて床に転び倒れ、ある者は床にある人型のものを踏みつけてでもドアへと逃げ走っていく。




