107 抱くイメージ
アリエスは前世において、悪役令嬢という役割から、学園の授業をろくに受けていない。そしてだからこそ、彼女はそれを言い訳にしないために、他人よりも遅れないために、独学ではあっても努力を続けてきた。
学園の教科書は何度も何度も、表紙やページが手垢で汚れたり擦り切れたりするまで読み込んだ。魔力のコントロールなどの実技関連については、教科書に書かれてある以上の鍛練を積んだ。
そしていま、ベリーの頭や気持ちや感情はぐちゃぐちゃになっていた。
何故アリエスは自分を殺さなかったのか? 殺せたのに? 手加減? 情け? 哀れみ? ただの庶民のくせに? 貴族に雇われているだけのメイドのくせに?
胸の激痛は収まらない。胸以外の全身も痛い。痛い。痛すぎる。なんでワタクシが痛いの? なんでワタクシが膝をついて、あんな奴が立っているの? なんでワタクシの高級な服が、装備が、膝が、手が、土に汚れているの?
なんで? なんでなんで? なんでなんでなんでなんで…………。
自分でも気が付いていないうちに、ベリーはボロボロと涙をこぼしていた。激痛によるものか、はたまたアリエスに一矢報いられた悔しさからか、もしくは……生きていて良かったという安堵からか。
ベリーが土を掴むように、地面につけている手を握り込む。あり得ない。こんなことはあり得ない。あり得てはならない。高貴な一族の令嬢であり、学園の聖女として崇められる自分が、こんな芋女に負けることなど。
こんな奴の情けで生き残って良かったと思うことなど。あり得てはならなかった。
涙を拭うこともせず、ベリーはキッとアリエスを睨みつけた。いまの自分に持てる最大限の憎しみと敵意を瞳に込めて。
「フ……ッざけんじゃないわよ!」
その怒声に、アリエス以外の全員が虚を突かれた顔をする。特に取り巻き達は、予想だにしていなかったベリーの様相に戸惑いの顔を浮かべていた。
取り巻き達が抱くイメージでは、ベリーはたとえこんなときでも、悪魔のような魔女に屈することなく、敢然と立ち向かう聖女で勇者のような姿のはずだった。
「ナメプなんかしてんじゃないわよッ! 殺せたくせに手加減なんかしてんじゃないわよッ! ワタクシに恩でも売るつもりなのッ!」
「…………、死にたかったんですか?」
「…………ッ!」
ギリッとベリーが奥歯を噛む。死にたいわけがない。負けたいわけもない。泥で汚れたいわけでもない。
アリエスの言葉は的を射ている。だからこそ、ベリーはムカつくのだ。こんな奴の前で膝をついて汚れているのが、煮えくり返るほど腹が立つのだ。
「アンタわざとねッ! 最初からワタクシの魔力を跳ね返せたくせに、わざと戦いを長引かせたわねッ!」
「…………」




