106 魔力の奔流
「それじゃあ、死になさい」
「…………っ」
ベリーが地面を強く踏み込み、離れていた距離を一足で縮めていく。それはまるで地面と水平方向に飛ぶ猛き鳥のようだった。
絶対に見逃してはならないと集中するアリエスの瞳に、迫りくるベリーの姿が映っている。業炎の剣を両手で握り、トドメの一撃を振り下ろすために頭上へと腕を掲げている。
時間にすれば数秒もなかった。瞬き一回分もなかったかもしれない。アリエスの元まで辿り着いたベリーが炎剣を振り下ろした。
傍目で見ていた観戦者達は、シャンディーも含めて全員が目を見張った。それはまさに一瞬の出来事だった。
アリエスが魔力を集中させた右手で炎剣を受け止めた……右手だけの白刃取りをした次の瞬間、アリエスは一歩踏み込んでベリーの懐に入ると、今度は左手を彼女の胸へとそっと置いた。
その瞬間、剣にまとわれていた炎が急速に弱まっていき……すなわち魔法の炎を維持するために注がれていた魔力が、アリエスの右手へと急速に流れていき……その魔力の奔流がアリエスの右肩から左肩、左手を伝わって、ベリーの身体へと放出されていった。
『な……っ⁉』
ベリー、および観戦者達が一様に驚愕する。それとほとんど同時に、魔力の放出を受けたベリーの身体が吹き飛んで、まるで水切り石のように地面を跳ねていく。その途中で手離した剣が、グルグルと回転したあと木立の幹に突き刺さった。
「……う……ぐ……っ……」
『ベリー様⁉』
地面に倒れたベリーだったが、膝をつきながらも何とかまた立ち上がろうとする。
「がは……っ」
『ベリー様⁉』
しかし放出の一撃は相当なダメージだったらしく、ベリーは胸を押さえながら何度も咳をする。血反吐ではなく、あくまで肺のなかの空気や細かな唾を含んだ空咳。
「……妙ですね……」
「「え……?」」
ベリーのその様子を見て、メークが疑問の声をつぶやき、シャンディーとピナがメークへと顔を向ける。メークは依然ベリーのほうを見ながら、独り言のように続けた。
「アリエスさんが彼女の強大な魔力をそのまま反射させたのなら、彼女は間違いなく、いまの一撃で死んでいるはずです。なのに、血反吐すら吐いていないというのは……」
「「それって……?」」
シャンディー達三人がアリエスへと目を向ける。三人の声が聞こえていたらしい取り巻き達の数人も、つられるように彼女の方を見る。
炎に燃える木立や花壇、ゆらゆらと揺らめくその陽炎のなかに立つアリエス……彼女の右手や右肩、左肩から左手に至るまでの部位は、ほのかな煙が立ち上る火傷を負っていた。
アリエスはベリーの魔力の全てを彼女に放出させたのではなく、ベリーが出血しない程度に魔力量を調節し、残りは自身の身体での受け止め、および外気への放散をおこなったのだった。
アリエスが実行したその行為に、ピナは信じられないといった声を漏らす。
「……あり得ないでしょ……なにそれ……そんなの、針の穴よりもさらに小さな穴を通すような、そんな神業みたいな魔力のコントロールが必要なはずよ……」
「……ええ……それをアリエスさんは、あの自分が殺されるかも、死ぬかもしれない状況でやってのけたのです……」
あり得ない信じられないという声音をしていたのはメークも同じだった。彼女は続けて言う。
「アリエスさんが高い身体能力を持っていたことは、お嬢様を運ぶ私のスピードについてきていたことで知っていましたが……まさかここまでとは……」




